「あぁ……それはちょっと分からないです」「申し訳ないですけど、お答えできないんで、すみません……」
2021年10月25日、自宅の玄関先で、私が“事件”の顛末を質そうとすると、その男はくぐもった声でこう繰り返し、家の中に戻っていった――。(全3回の3回目/#1、#2から続く)
裁判後も彷徨い続けた仏像
2016年、滋賀県甲賀市の古刹「大岡寺」から15年前に姿を消した国の重要文化財、「木造千手観音立像」と「木造阿弥陀如来立像」の2体の仏像が、複数のブローカーの手を経て、東京都品川区の安楽寺に渡っていたことが判明した。
その後、大津地裁で、この2体の仏像の所有権をめぐる両寺の争いが繰り広げられたが、大津地裁は18年、安楽寺に対し、仏像を大岡寺に戻すよう命じる判決を下した。
ところが、その判決から約1年後の19年、2体の仏像が大岡寺から安楽寺に〈無償譲渡〉され、さらにその2年後の21年、安楽寺から、熱海の美術館を運営する東京都千代田区の財団に売却されていた。つまり2体の仏像は判決後も、安住の地を得られないまま、彷徨い続けていたわけである。
一体、なぜ、そんなことが起こったのか……。私は、ことの真相を確認するため、大岡寺から仏像2体の〈無償譲渡〉を受け、さらにそれを千代田区の財団に売却した当時の安楽寺の住職を直撃したところ、冒頭のように彼は何も答えようとはしなかったのだ。
住職は天台宗から「擯斥」されていた
もっとも、それも致し方ないことなのかもしれない。というのも、彼は——仮にA氏としよう——21年7月25日付で、安楽寺の包括宗教法人である天台宗から「擯斥」、一般社会でいうところの「懲戒免職」処分を受け、すでに安楽寺から追放された身だったからだ。
安楽寺の法人登記を確認しても、A氏は21年7月25日付で「退任」となっている。彼の身に何が起きていたのか。天台宗関係者が語る。
「A氏にはもともと浪費癖があり、10数年前から、(安楽)寺の所有する土地などを担保に金融機関などからお金を借りるだけでなく、それらの不動産を(天台宗)本山に無断で処分していたのです」
#1でも触れたが、安楽寺は天台宗の「被包括法人」だ。被包括法人が寺の不動産や宝物などの財産を処分する場合、「包括法人」である天台宗の承認を得なければならない。
「天台宗では、(末)寺の不動産を担保に供することさえも宗規で禁じています。末寺の土地や宝物は、その寺のものではなく、『天台宗のもの』ですから。しかしA氏はそれを無視し、ゴルフ仲間だった不動産ブローカーと組んで、不動産売買にのめり込み、数億の負債を抱えたのです」(前出・天台宗関係者)