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【上島竜兵さん逝去】「前を向いて逝ったんだと思いたい」ダチョウ俱楽部の初代リーダー南部虎弾が明かす《“一番やさしい男”の苦悩》

 5月11日に急死したお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さん(享年61)。突然の訃報を悼む声が寄せられている。

北野武の追悼コメント

《上島、大変ショックです。40年近く前から一緒に仕事をしてきたのに、芸人は笑っていくのが理想であって、のたれ死ぬのが最高だと教えてきたのに、どんなことがあっても笑って死んで行かなきゃいけないのに、非常に悔しくて悲しい》(北野武)

《無念です。まだまだ竜さんとケンカして チュ~したかったです。最高のライバルであり 最高の友でした。》(出川哲朗)

《私のモノマネをよくやってくれた竜ちゃん いつも笑顔でみんな笑顔にしてくれた竜ちゃん ありがとう 上島竜兵さんのご冥福を心からお祈りします》(大仁田厚)

「3人で撮ったこの写真が最後になってしまった……」

 声を詰まらせながらそう語るのは、元ダチョウ倶楽部のメンバーである南部虎弾(70)だ。

ダチョウ倶楽部元リーダーが迎えた“その日”

 1985年に南部虎弾、肥後克広、寺門ジモン、上島竜兵の4人で結成されたダチョウ倶楽部。最年長で初代リーダーを務めていた南部は、方向性の違いから1987年に脱退し、1990年に電撃ネットワークを結成した。脱退後は、メンバーと頻繁に会う仲ではなかったという。

久しぶりに再会し「ヤー」のポーズで撮影した(南部提供)

「友人から『上島さんが自殺した』と早朝に連絡がありました。それから『えっ、嘘だろ。そんなことあるわけないだろ』と、ずっと頭の中で繰り返していました。上島と最後に会ったのは、俺の腎臓移植が放送された2019年の『ザ!世界仰天ニュース』の収録でした。その時のゲストがダチョウ倶楽部だったんです。収録終わりに『久しぶりだね』なんて話してみんなで“ヤー”って、ポーズをとってね。まさか、それが最後になるなんて思ってもみなかったから」

 南部が上島さんと出会ったのは今から37年前。当時、南部は渋谷のストリップ劇場で芸人として活動し、肥後も同じ劇場にいた。