元総理大臣が演説中に暗殺されるという悲劇から早くも2週間が過ぎた。参議院選挙で大勝を収めたとはいえ、隠然たる影響力を誇っていた安倍氏を失った自民党はいまだ混乱の最中にある。

 岸田首相はいま何を思い、何をしようとしているのか。党内最大派閥・安倍派はこれからどうなるのか――安倍氏の「国葬」が行われる9月末までの見通しを、政治ジャーナリストの後藤謙次氏に聞いた。

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 安倍晋三元総理が凶弾に斃れるという衝撃的な事件が起こりました。少し時間が経ったとはいえ、我々が未体験の領域に突入していることは間違いありません。権力の空白、一種の真空状態。そういう未曽有の状況に置かれているという事実は、国民であれ政治家であれ同じでしょうね。

安倍晋三元首相 Ⓒ共同通信

後継者のいない安倍派

 時の最高権力者が横死する事態は、日本の歴史上何度かありました。私自身も今回の安倍さんの遭難と似た状況を目の当たりにしたことがあります。総理大臣経験者であり、自民党最大派閥のリーダーが突然表舞台から姿を消す――1985年の2月、田中角栄元総理が脳梗塞で倒れたときのことです。

 一見酷似しているように見える田中元首相と安倍さんの災難ですが、決定的に事情が違うと私は見ています。最も大きな違いは、安倍さんがまだ非常に若く、自身が3度目の総理登板を真剣に考えていたということではないでしょうか。安倍さんは6月にも国会議員のパーティーで「あと5年は表舞台でやりたい」と挨拶したことがありました。総理大臣経験者が「表舞台」と言えば、当然「もう一度総理大臣をやる」ということしか考えられません。そのことを永田町も霞が関も経済界も感じていた。つまり政官財のどんな人間も、いずれ表舞台にカムバックしてくるかもしれない安倍晋三という政治家を1つの軸にして物事を考えざるをえませんでした。

 いわば日本の中枢は安倍さんの顔色を窺いながら動いていたと言っていい。ところが、その重石が急になくなった。物事を決める上での大きな指針が消えてしまったのです。

現体制を維持することを決めた安倍派 Ⓒ共同通信

 田中元首相のときも混乱はありましたが限定的でした。田中氏は田中派という「軍団」とまで呼ばれた強力な派閥を率いていました。そこには多くの実力派議員が在籍していました。竹下登、金丸信の両氏の他、小沢一郎氏ら後に竹下派七奉行と呼ばれる議員もすでに育っており、実質的な後継者と呼べる存在がいたのです。その点で、田中氏が急にいなくなったとしてもそれほど困ったことにはならなかった。権力の委譲は比較的スムーズだったと言えるでしょう。

 しかし、安倍派はかなり危機的な状況と言っていいかもしれない。集団指導体制で派閥を維持していくというけれど、それは言い換えれば、明確な後継者を作っていなかったことの証でしょう。