脳卒中ラットの寿命が2倍~5倍に延びた!
私が医者になった1960年代は、脳卒中が日本人の死因の第1位でした。私の祖父母も脳卒中で亡くなりました。私はその脳卒中を減らしたいという志を持って、大学院で基礎医学の道に入りました。
医学の研究には動物実験が欠かせませんから、脳卒中の研究をするためには、「脳卒中を起こす動物」が必要です。しかし脳卒中は、実は人間にしか起こらないのです。そこで、まずは、脳卒中を100%遺伝的に起こすラットの開発に取り組みました。
当時、私の進んだ京都大学の病理学教室では、恩師の岡本耕造先生と青木久三先生が、高血圧のラットをかけあわせ、「100%高血圧になるラット」の開発に世界でほぼ初めて成功したばかりでした。
ご存知の通り人間は高血圧になると脳卒中のリスクがあがります。しかしそのラットは、高血圧にはなっても脳卒中にはならないのです。
そこで、高血圧ラットを3000匹飼って一生追跡し、死んだ時に脳に少しでも出血とか梗塞が起きているラットを見つけたら、その子孫だけを残してかけあわせるという手法で、ついに「遺伝的に100%脳卒中を起こすラット」が誕生しました。これに10年の月日を費やしました。
今度は、この「脳卒中ラット」を使い、どうしたらそれを予防できるのかの実験に取り組みました。
まず脳卒中ラットを、1%の食塩水を与え続けるグループと与えないグループに分けたところ、「食塩水グループ」は次々と脳卒中を起こして100日以内に全滅しました。1%というとお味噌汁程度の塩分ですが、それでも差は歴然でした。
ところが、「食塩水グループ」のラットでも、大豆や魚のたんぱく質を多く与えると、寿命は倍に延びました。ここにカルシウムを加えるとさらに倍になり、マグネシウムを加えると食塩水だけのグループの約5倍の寿命になりました。
少なくともラットでは、「食べ物で脳卒中を予防し寿命を延ばすことができる」という事実が明らかになったのです。
WHOが認めてくれた
その研究成果を1982年のWHO(世界保健機関)の専門委員会で報告するとともに、今度は人間でもその関係を調査したいと思い、「栄養と健康の関係に関する世界調査」の必要性を提言しました。世界にはさまざまな長寿地域や短命地域がありますが、そこで食べられているものを調べることで食と寿命の関係を明らかにしたいと思ったのです。
幸いなことに、当時のWHOの事務局長が研究の必要性は認めてくれたものの、「研究費として100万ドルを日本で集める」という条件を出されました。当時は1ドルが280円換算で、日本円で2億8000万円という途方もない額です。
そこで、私は日本中を講演して回り、世界の食と健康の関係を調べることによって健康寿命を延ばす研究の必要性を訴えました。結果として2年間で、なんと30万人もの方が、おひとりコーヒー代くらいの寄付に応じてくださいました。
さらに、円高のためにその後1ドルが150円になるという運にも恵まれ、無事、総額約101万ドル(約1億5180万円)をWHOに寄付しました。
こうして、1985年から、世界五大陸61の地域をカバーする、食と健康に関する壮大な研究が始まったのです。
「食と健康の関係を調査する」と言葉でいうのは簡単ですが、それを科学的な裏付けのあるものにするのは大変です。私たちが最も苦労したのは、世界の人々が摂っている栄養を、どうやって同じ「ものさし」で測るか、でした。
それまで、栄養調査は「この3日間で食べたものを挙げてください」など「聞き取り調査」が主でした。しかしそれはあくまで自己申告にすぎません。しかも、食品に入っている塩分などは見えませんから、正確に分からないわけです。
そこで目を付けたのが尿です。食べたものは必ず排泄されますから、尿を分析すれば摂った栄養が分かります。ただし、食べたものを分析するには、1回の尿ではなく、24時間分の尿が必要になります。
毎日忙しく動いている方々に1日分の尿をためてくださいとお願いするわけですから、それが手軽にできる採尿器は必須です。