東日本大震災の津波被災地で、極めて多くの命が失われた岩手県大槌町や同県釜石市の鵜住居地区。被災者の救助や捜索で活動した陸上自衛隊の第9高射特科大隊(岩手県滝沢市)の元大隊長、中武裕嚴さん(60)は、退職後の2017年4月から熊本県八代市役所で危機管理監として働き始めた。
同じように災害に関わる仕事ではあったが、発災直後の現場で救助や捜索に当たるのとは180度異なり、そうならないための防災に力を注ぐ立場になった。中武さんは「とにかく逃げろ」と訴えてきた。むごたらしい遺体になってほしくないからだ。災害現場での経験がそう言わせるのである。
中武さんが危機管理監として招かれたのは、最大震度7を記録した前年の熊本地震がきっかけだった。
八代市では市役所の本庁舎が損壊して使えなくなっただけでなく、熊本地震を引き起こした日奈久(ひなぐ)断層が市内を縦断していて、まだ「割れ残り」があるとされている。いつまた断層が動くとも限らないのである。
しかも、2005年の平成大合併で1市2町3村が一緒になり、不知火海(八代海)に面した海岸から、九州山地の奥深い山里まで、約680平方kmもの市域を持っていた。防災面では極めて難しい自治体と言えるだろう。このため危機管理監を置いて、防災力の向上を目指したのである。
中武さんが力を入れた取り組みの一つは、各地区の集まりに出掛けて話す防災講話だ。不知火海の沿岸では地震が津波を引き起こす恐れがあることから、東日本大震災での経験を話し、大槌町の消防団員が撮影した「あの日」のビデオも流した。
そこに映し出された衝撃的な光景
「大槌の街が津波に呑み込まれる光景が映っていて、よく見ると逃げまどう人も確認できます。こうした人々がどうなったのか分かっていません。あえて映像を見てもらうことで、早く逃げなければ助からないと分かってもらいたいのです」と話す。
また、八代市内には九州有数の大河・球磨川が流れていて、同市の市街地で不知火海へ注ぐ。
九州山地に源流を発する球磨川は、しばしば水害を起こしてきた。中武さんは自治会ごとに結成される自主防災組織で、災害が起きそうになったら、どの時点で何をするか、あらかじめ決めておく「タイムライン」を作成するなどして、「日頃から避難について考えておこう」と説いて回った。