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 これらの宗教では布を巻いて棺に納めてしまえば、二度と棺の蓋を開けることなく、家族の待つ地で土葬される。

宗教の思い込みは危険

 エンバーミングを行うにあたって、宗教的儀式に則らねばならないケースもあるという。

「敬虔なイスラム教の宗派の場合、遺体の処置はモスクで行う。ユダヤ教ならシナゴーグ。その場合、遺体の処置に女性が加わることができず、女性が遺体に触れることもできない。エンバーミングを施すために、男性スタッフがその宗教の定める服装をした上で参加する。そして、司祭が進める儀式に則って遺体の処置をし、白い布で身体を巻いて棺に納める」(同前)

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 亡くなったロシア人男性がイスラム教徒だと知らずに火葬にしてしまった葬儀社が、母国の家族から訴えられたというケースもあったと聞く。僻地に住む家族となかなか連絡がとれず、遺体の腐敗が進んできたので、宗教の確認をせず、葬儀社が火葬してしまったのだ。ロシア人だからロシア正教だろう、イタリア人だからキリスト教だろう、インド人だからヒンズー教だろう、イスラエル人だからユダヤ教だろうという思い込みは危険だ。

欧米人が遺骨としてイメージしているものは…

 仏教やキリスト教、ヒンズー教では、遺体の状態で送還できなければ、火葬にして遺骨として送還する。だが、この遺骨も日本と欧米には大きな違いがある。欧米人が遺骨としてイメージしているものは、一般的にさらさらの粉末になった状態なのだ。パウダー状だから、海や山に撒く散骨という習慣が古くから存在した。彼らには、日本の「お骨」のようにあちこちの部位が形を残したまま骨壷に入っていることなど想像できない。

 ある火葬場で、日本人の夫に先立たれたフランス人妻が、手渡された骨壷を開け、納められている骨を見て卒倒したという話を、ある葬儀社から聞いた。彼らにとって遺骨は「灰」であって骨ではない。欧米人を火葬し遺骨として帰国させなければならない場合、その骨を特殊な器械で粉砕して灰状にして、遺族に渡すことになる。

 不幸にも家族が海外で亡くなってしまったなら、遺族が納得できる形で、故人と最後の別れをできるようにする。海外から帰国してきた棺を開ける時、S氏は毎回そう思うという。