これまで以上に難産だったコピー
難産続きの『もののけ姫』では、糸井重里によるコピーもまた、決定までに長い時間がかかった。『となりのトトロ』以降、糸井が手がけた作品コピーは、比較的スムーズに決まったものが多かったが、今回はそうはいかなかった。糸井はこの過程を次のように振り返っている。
いつもは鈴木さんの話を聞いてて、割とスッとできるんです。今回もすぐにできると思ったんですが、どうも作れないんですよ。原作があれば、まだ楽なんですけど、鈴木さんも、いくら説明しても、し足りない感じなんですよね。で、ストーリーの概要はわかったんですが、それだけじゃ、どうしようもないし。で、困っちゃったんですよ。しかも、今だから言うんですけど、最初、大失敗をしたんです。『もののけ姫』の絵本(略)が出てますよね。あれを見たら全体が見通せると思って読んだら、コピーができたんです、一応。でも、それを出したら、鈴木さんも宮崎さんも「全然違う」って(笑)。あたり前ですよ。映画とは話が違うんだもん。(略)しかもいつもなら、コピーを1本ポンと出して、だめだったらまた考えるというやり方なんですが、今回は、2、3本出したんですよ。でも、どうも全部宮崎さんが首かしげていると。「あっ、どうしよう。シマッタ」と思って。これは恥ずかしいわけですよ、(略)で、また一から始めたんだけど、今度は、鈴木さんが書いたプレスリリース用の原稿に惑わされちゃって……。ここを言えば、ここが言えないみたいな、素人がコピー頼まれたときと同じ泥沼に入っちゃったんです。1本、決め打ちできないんですよ。そういうときってロクなことないんですよね。(『アニメージュ』1997年8月号)
3文字に込められた時代性
さらに、この作品のテーマの大きさも、難航する大きな理由の1つだった。
(編注/宮崎監督の中では)自然だ、人間だ、善だ、悪だっていうものが全部、ただある状態で世の中にあるわけですよね。そんな、状況そのものをポンと投げ出せるようなコピーが作れれば、それでいいんだと思ったのね。それはわかるけど、書けないですよね。その気分を出すって、一言じゃ無理だぞと。イヤでね(笑)。正直言って逃げたかった、今回ばかりは。(同前)
1996年3月に依頼を受けた後、コピーを提出し始めた6月から7月にかけて糸井は合計23本の案を提出。最終的に「生きろ。」が出てきたところで、7月2日、鈴木より「僕は凄くよいと思いました。たった3つの文字なのに、そこに込められた時代性、イケルと思いました。宮さんにコピーを見せつつ、僕の考えを話すと、『近い!』とひとこと。(似ていますが『ちがう!』ではありません。念のため)」という返事が送られてきた。
このような紆余曲折の結果、『もののけ姫』のコピーは「生きろ。」に決まったのだった。