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安倍元首相亡き後、「キックバック再開」は誰が決めたのか? 自民党・裏金問題、追及の仕方に感じた“疑問”

2024/03/12
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「5人衆」を選んだきっかけ

 さて責任の重さがあらためてわかる森氏だが、「5人衆」を選んだきっかけは派閥運営のためだけでなく、もう一つあった。それは岸田首相だ。

 2021年に首相に就任した岸田氏は事あるごとに安倍氏を頼ってきた。安倍氏が突然亡くなってから岸田首相は誰を頼ったのか。重要人物の一人が森氏である。

©文藝春秋

《派閥会長だった安倍晋三元首相(当時67歳)が22年7月に死去すると、岸田首相は約1カ月後に東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」内の日本料理店「山里」で森氏らと会食した。内閣改造・党役員人事を控えたタイミングだった。》(毎日新聞2023年10月4日)

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 この日の会食では、

「岸田さんが玄関先で『人事をどうしたらいいでしょう』と問いかけると、森さんは今の萩生田光一政調会長(60)や松野博一官房長官(61)ら安倍派内の『5人衆』と呼ばれる議員たちの名前を挙げました。岸田さんはその人事をオーソライズし(認め)続けています」

 と政治ジャーナリストの後藤謙次氏が証言している。岸田首相と森氏の関係は政権の安定に欠かせなくなっていく。

裏金問題を解明するには…

 別の記事もある。こちらは具体的に日付も出ている。

《そこで頼みとするのが森氏だ。「5人を輝く存在にしてほしい」。内閣改造直前だった22年8月3日、森氏は首相との会食の場で萩生田氏ら安倍派幹部の処遇について要望した。5人はそれぞれ要職に就いた。》(日経新聞2023年5月16日)

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 安倍氏が亡くなった直後の2022年8月3日、岸田首相が森氏に安倍派の扱いをどうすればいいのか相談したら「5人を使え」と言われた。そのメンバーが「5人衆」とメディアで言われ始めた。「5人衆」誕生には岸田首相の都合もあったのだ。森氏はお気に入り5人の体制を派内でも提案して自身の影響力を盤石にしようとした。それほど森-岸田ラインは固い。裏金問題を解明するには「森喜朗を国会招致すればいい」という声もあるが、岸田首相にリーダーシップがもしあれば可能なのである。