「木綿糸でやっとったら、僕が作ることないがね」
すると彼が、いやいや、という風に首を振り、自分の髪をつまんで言葉を続けた。
「違うんだよ。木綿糸だと、こう縛って結わえるのはええんだけど、10分とか15分とか、時間が経たんうちに汗をかいたり、脂が出てきたりする。そしたら、ツルリと髪からずれちゃうんだって。ゴムみたいに引っ張りがきかんからね。かといって、輪ゴムでは髪がゴテゴテになっちゃってだめなんだわ」
ゴテゴテとは名古屋弁で、髪がぼってりと丸まってしまうことを意味する。だからそれに代わる良いものを作ってくれたら、ものすごく売れるよ、というのだ。
しかし、貧しい人相手に売るんだろうから、髪結いひも1本当たり1銭か2銭、1人100本買ってくれたとしても1円の世界だ、という話になり、
「儲からんし、そんなものは作れへんわ」
と言って、宣政は帰って来た。
そして、ベッドに横になって、つらつらと考えてみる。
――ビニールひもを作ってきたうちの会社だったら、ビニールに可塑剤と液体安定剤なんかを混ぜれば、髪専用の結いひもができるんじゃないか。それにあれとあれを加えれば、木綿糸に代わる良いものができるかもしれん。
中小企業は、社長が一人何役もこなさなければならない。商談や金策だけでなく、機械を回すのを手伝ったり、材料を仕入れたりしているうちに、経済学部出の彼もビニール製品の作り方や材料の特性が分かるようになっていた。
「あんたが行くっていうんだったら」「えーっ」
翌日から工場の隅であれこれ調合してみた。社員の助言も聞き、試行錯誤しているうちに、特殊なビニール製の結いひもが出来上がった。
長さ50センチほどで、ぐいぐい伸ばすと1メートルぐらいになる。髪の毛を数十本まとめ、そこにこのひもをぐるぐると巻きつけると、痛みも緩みもなく、小さな花が立ち上がったようにまとまる。風通しも良い。
そのうえ、汗や脂が出てくるとだんだんと縮まっていくので、使い勝手がいい。1本当たり1銭か2銭ぐらいだから、子供から女性にいたるまで誰でも使える。これを高いという人は誰もいないだろう。
――アフリカには何十億人という女性がいるんだから、1人当たり100本、1円相当ずつ買ってもらえば何十億円の儲けじゃないか。
そう考え直して、ヒントをくれた中堅商社の担当者のもとに走った。
「ものすごくいいもんだで、アフリカに行って売ってきてくれませんか」
「いやいや、うちが直接、売りに行くことはできませんよ」