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 しかし、若くはない。

 移動がこたえたのだろうか。それとも環境の変化も負担になったのか。「残念です」。高橋係長はうつむく。

のとじま水族館は漁師あってこその施設

 一方、他園に託した中には、避難先で新たな生命を育んだ個体もいる。

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 フンボルトペンギン10羽は、富山市ファミリーパークに移された。同園では2組のつがいが計4個の卵を産み、うち2羽が育った。

 のとじま水族館に戻る時には、逆境に負けなかった生命として来館者の注目を集めるはずだ。

 水族館内に残った生物の中にも産卵する個体があり、厳しい環境でも命をつなぐ力強さが見て取れる。

 ただ、のとじま水族館は漁師あってこその施設だった。

 能登の生き物を展示するという基本コンセプトに基づき、網にかかった魚などの提供を受けてきたからだ。定置網に迷い込んだジンベエザメの飼育展示(#2)はその最たるものだろう。

 漁師は被災で大きなダメージを受けた。

 地震による隆起で干上がった漁港もある。海水はかろうじて残っているものの、船が海底に着いて出られなくなった港もあった。漁船が流されたり、沈没したりした漁師も少なくない。

「負けてたまるか」「一寸(ちょっと)でも前を向こう」。被災した漁師の思いが張り出されていた(七尾市、庵漁港)©葉上太郎

 定置網も津波で被災した。新たに設置し直さなくてはならなくなり、億単位の経費負担を迫られている漁師もいる。

震災で目の当たりにした、生物の“生命のはかなさ”と“強さ”

 のとじま水族館に近い能登島の向田(こうだ)漁港。刺し網漁や釣り漁を行ってきた橋下一博さん(73)は「地震で漁港が沈下したので、漁に出られない」と嘆く。満潮になると岸壁が海に沈み、船が着けられる状態ではないのだ。

 だが、「復旧工事は他の港の後になる」と話す。

 というのも、向田の漁師は別の仕事との兼業が主で、専業者が少ない。「専業の漁師が多い港から工事を進めないと能登の漁業は大変なことになる」と橋下さんは能登の漁業全体のことを考えている。それでも「ようやく向田漁港が直った時、漁師がどれだけ残っているか」と不安を隠し切れないのも事実だ。

 馳浩・石川県知事は水族館の営業再開時期を「夏休み前」と表明した。

 被災した能登半島に人を呼べる施設は少ない。娯楽・観光施設としての位置づけは以前にも増して重要になった。だが、それだけではない。

 生き延びた生物、命を落とした生物からは、様々なことが見えてくる。生命のはかなさと強さ。人間が日頃から無意識に食べている魚類の繊細さ。そして、能登の漁業が直面している危機も身に迫ってくるはずだ。

 水族館が何を発信していくのか。今後に期待したい。

撮影 葉上太郎

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。