全国に20か所ぐらいだった施設が今は800ほどに

――ほんの10年ぐらいまで街にクライミング施設がほとんどなかったのに、今は大分見かけるようになりました。

野口 私が夢中に取り組んでいた頃は、全国に20か所ぐらいだったけど今は800施設ほど。東京五輪前後から急速に増えた感じでしたが、でもまだまだ足りない。

 クライミングって一般の人が楽しんだり、体を動かしたりするためにはとても適したスポーツなんですよ。自分の体力に合わせて壁を選べますし、自分の体の現在地を知ることができる。脚力に比べて腕の力が弱いとか、左右のバランスが取れていないとか。

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©松本輝一/文藝春秋

 わたしは小さなころから木登りが好きで、そこからクライミングにも親しみを持ちました。でも今、都市部の子供たちは木登りも出来ない。子どものスポーツ離れや運動能力低下が指摘されていますが、公園の遊具も少なくなってきているし、学校にはジャングルジムもない。

 それに夏場は暑くて外では遊べないけど、スポーツクライミングだったら室内で出来るし、何より楽しい。事実、東京都港区では全ての小学校と幼稚園にスポーツクライミングの一つの「ボルダリング」を設置するそうです。

 私はいずれ、野球やサッカーと同じように、クライミングを小中高校で部活動としてやれるようにしたい。そんな日常に溶け込んだスポーツにしたいんです。

昨年5月に第1子となる娘が誕生。パリ五輪は現地で楢﨑選手らを見守る(野口さんのインスタグラムより)

人生のすべてを教えてくれたクライミングに恩返しがしたい

――セカンドキャリアでも相変わらずの獣道。引退してもなお、どうしてそれほどスポーツクライミングに情熱を捧げられるのですか。

野口 私の人生はすべてクライミングに教えてもらいましたから。壁の厳しさも、壁を破る快感も。伴侶にも出会わせてもらった。だから恩返しがしたいんです。

 今の段階で公にしていいかどうか分からないけど、地元の龍ケ崎市をスポーツクライミングの街にできたらと思っています。これだけ世界で活躍できる選手が育っていても、国際大会ができるような大きな施設がまだ日本にないのが現状。それこそ五輪のためのトレーニングもできるような施設を作ることが一番大きな願望です。

©松本輝一/文藝春秋

 もちろんその傍にはスキルに合わせた壁も常設し、アスリートだけじゃなく初心者の方、子どもからお年寄りまで楽しめるようにする。そこでジュニアの育成も手掛けられたらと思っています。

 龍ケ崎市は都心から電車で1時間ほどですし、成田空港からも近いので、W杯や世界選手権を開催するにも適している。いずれ、育成に携わった選手たちがそこで開催される世界大会に出場するという未来を描くと、ますますやる気が沸いてきます。