ゴーマンはつねに歴史のなかにいる自分、歴史の核心(ハート)を記録する詩人としての役割を意識しており、これまでも作中で先人の言葉や作品にオマージュを捧げ、ときには応答してきた。ギリシア古典から、聖書、シェイクスピア、アメリカ合衆国憲法の前文、マーティン・ルーサー・キング牧師、歴代米国大統領、数々の作家、詩人、劇作家、哲学者たちの言葉に。

アマンダの「この聖なる場」

 今回の詩でもそれは同じだ。まず気づくのは、リンカーン大統領が南北戦争の最中に行った「ゲティスバーグ演説」(1863年)をおそらく緩やかに踏まえていることだろう。「人民の、人民による、人民のための政府」というフレーズが有名なあの演説である。

 先人たちの叡智のぎっしりつまったゴーマンの心の書庫から今回引き出されたのが、アメリカ合衆国の民主政治の根幹にある「ゲティスバーグ演説」であるとすれば、それは重い意味をもつのではないか。民主主義の基本に立ち返るということだ。

ADVERTISEMENT

リンカーン演説との共通点

「この聖なる場」の出だしを聞いて耳に残るのは、題名とも重なるthis hallowed place(この神聖な場所)というフレーズで、これは国立戦没者墓地の奉献式の場で行われたリンカーンの演説中の、「しかしより大きな意味で言えば、我々がいまこの地(this ground)を献じたり、聖別したり、神聖化(hallow)したりすることはできない(それは過去に闘った生者と死者たちによってすでになされているという意味)」というくだりと共鳴するだろう。

 また、faceとrace、cherishとperishなど、ゴーマンの得意とする「中間韻」(文末・行末ではなく文の真ん中で踏む韻のこと)が冒頭部分から強いインパクトをもたらすが、これらも「ゲティスバーグ演説」の以下のようなくだりをほのかに髣髴するだろう。

 Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. 

 〔アメリカン・センター・ジャパン訳参照:今我々は一大内戦のさなかにあり、斯様な理念でつくられ身を捧げてきたその国家が、いや、いかなる国家でも、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである〕

 <前略>that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain—that this nation, under God, shall have a new birth of freedom—and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

 〔同上訳参照:<前略>それは、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、我々がここで固く決意することである〕

 奴隷制度廃止を訴え、人民のための民主主義確立のために尽くしたリンカーンの歴史的演説を、ゴーマンの詩は再構築し、現代的な視点を付与している。2度出てくるthe/our earthには彼女が取り組んでいる環境問題への警鐘も込められているだろう。ともあれ、リンカーンとゴーマンに共通しているのは、自分たちがいま歴史の甚大な分岐点にいるという認識だ。真の民主主義を打ち建てられるか、守ることができるか。次期大統領選でカマラ・ハリス対ドナルド・トランプの戦いとなった現在のアメリカ合衆国は、文字通りその瀬戸際にいると言えるだろう。