トラウマは連鎖する
基次さんの父親の鉄工所が倒産した時、父親は60歳、母親は57歳だった。その後も父親は別の鉄工所に勤め、78歳になった現在も後継者育成役として働き続けている。
ところが母親は、父親の会社が倒産した時に、家計の足しにと始めた慣れないホテルのベッドメイクのパートに向かう際に自転車で転倒。股関節にボルトを入れる手術をし、足が不自由になってしまってからは、家の中で酒を飲んで過ごすようになってしまっていた。
「父が帰宅すると、母はほぼ泥酔状態で、父が『酒ばかり飲むな』と叱ると逆上して、『あんたも昔は浴びる程飲んでいただろ! それで私に散々迷惑をかけてきた! だから、あんたに偉そうに言われる筋合いはない!』とか、『うるさい! 黙れ! 今すぐ離婚してやる! 今すぐ、ここ(マンションの3階)から飛び降りてやる!』などと激しく反発します」
驚くことに、基次さんが子どもの頃と、両親の立場が逆転している。
母親は息子である基次さんの言うことも聞かず、「私は酒は飲んでいない」「全く問題ない」と言い張り、病院も拒否され、お手上げ状態だ。
「僕が結婚してから、母は酒が入ると、過去に父がしてきたことを咎め始めるようになりました。でも僕は、父の鉄工所で働いた数年間で、父が糖尿病を患いながらも僕たち家族のために一生懸命働いてくれていたことを理解したので、今は父に対して恨みはありません」
もしかしたら母親は、基次さんが自分の手を離れるまで我慢していたのかもしれない。そして父親は、自分の過去を悔いているからこそ、母親の暴言を受け止め続けているのかもしれない。
「しかし僕は、父が母に対して行っていたモラハラ行為を、無意識的にではありますが、妻に対して再現してしまいました。この原因は、自分の偏った結婚観や『マイルール』、さらに発達特性を言い訳にして、自身の感情の言語化を怠ったこと。これらが重なった結果だと解釈しています」
多くの人は育った家庭しか知らない。そのために、新しい家庭を築けば、無意識的に育った家庭を再現しようとする。その家庭が夫婦双方にとって過ごしやすく、違和感のないものであれば問題はないが、そうでない場合はすり合わせが必要となる。その際に、どちらかだけが無理をして合わせようとしたり、無理やり「合わせろ」と強制すると、その家庭には依存やハラスメントが生じる。基次さんと瑠美さんの家庭がそうだった。