石田 ルーティンは絶対に作らないっていうのがルーティン。「あの枕がないと眠れない」っていう人って、旅行ですごく苦労するじゃないですか。小説を書くときにルーティンを作ってしまうとダメだと思う。パソコンや原稿用紙に向かった瞬間に書き出せるのが最高です。
井上 物語の構想はどう練られていますか。僕は書く前にストーリーの流れと登場人物それぞれのプロフィールを細部まで詰め切ってから書いていくんですけど。
石田 僕も書き始めた頃は、脚本のもとになる「箱書き」を作っていました。紙に3つくらい箱(ブロック)を書いて、それにシーンの流れを大まかに書いていく。今も短編を書くときは、箱を3つか4つ作ったりします。
井上 細かいところまで決めるってわけではないんですね。それはやはり想像力を働かせるためですか。
石田 いくつかのイメージを持ちつつ、ストーリーを決め切らないで書いた方が自分自身も楽しいからね。『池袋ウエストゲートパーク』だって、今、井上さんから3つくらいお題をもらったら、それで書けるよ(笑)。
作家になるために
井上 石田さんはかつて作家になるにはそのジャンルの名作を千冊ぐらい読み込んでから書き始めないとダメだとおっしゃってました。
石田 チャットGPTの登場でそこが変わったよね。こんな設定でこういう話を書いてって指示すれば、平均的でそこそこ読める筋が出来上がってくる。ジャンルの先行作品にはこんなのがあるよとかも一瞬で教えてくれる。だからこそ、これからデビューを目指す方には総合力ではなく、一点突破型を目指すことをお薦めするかな。「私はキャラクターのことは無限に考えられるよ」とか、「僕は残酷なシーンが大好きだ」とか、それこそ「セリフを書くのが楽しい」でもいいから、得意な一点だけを磨き続けて、そこで勝負したものを賞に応募した方がいい。もう小説の技術はコモディティ化したんだよ。総合力についてはデビューした後に磨くべきなんじゃないかって、そんなふうに最近は考えが変わってきたね。
井上 賞に応募する時の意識の話が出ましたが、僕も賞のための文章修行みたいなことや傾向と対策みたいなのは余りやった覚えはないんです。ただ、自分の書いたジャンルがカテゴリーエラーにならないかは注意していました。松本清張賞は前年に森バジルさんの『ノウイットオール』という、いろんなジャンルの短編を詰め込んだ連作小説が受賞していたので、これがOKだったら自分の作品も受け入れてくれるだろうなと。石田さんは新人賞に応募される方にアドバイスなどありますか。
石田 新人賞に送るときは調子に乗ったほうがいいよ。恥ずかしがらず、振り切って、絶対に作家になると確信して原稿を書いてほしいな。
プロフィール
石田衣良(いしだ・いら)
1960年東京都生まれ。成蹊大学卒業。97年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2003年『4TEEN』で直木賞、13年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞。
井上先斗(いのうえ・さきと)
1994年愛知県生まれ。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年、『イッツ・ダ・ボム』(「オン・ザ・ストリートとイッツ・ダ・ボム」より改題)で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。