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「黒いダイヤ」を掘り続けた町に残ったもの
財政破綻、財政再建団体に指定された直接の原因は、ヤミ起債だった。このあたりの詳細は省くが、簡単にいえば悪さをして帳簿をごまかしたのだ。加えて第三セクターの放漫経営なども明らかになって、まるで“悪い見本”みたいに叩かれた。
が、本当の原因はどこにあるのだろうか。
石炭を「黒いダイヤ」などとさんざっぱら持ち上げて、どんどん掘れどんどん掘れと増産を求め、得られた石炭で進んだ日本の工業化。
ところが、エネルギー革命で石炭が要らなくなったら、まるで何ごともなかったかのように石炭の町が苦境に陥ったことからも目を背けた。
いわば、世間から見捨てられた炭都が、生き延びる道として不慣れな観光を選び、その結果の財政破綻。いったい、誰が夕張を笑うことができようか。
そんな寂しくなった夕張の町を歩き、新夕張駅に戻るためにバスに乗った。最初はガラガラの車内だったが、ゆうばり小学校からはたくさんの小学生たちが乗ってきた。
子どもたちの声は東京だろうが夕張だろうが変わらない。町を歩いて石炭博物館で夕張の歩みを学び、歴史の残酷さを感じたところでの子どもたちの姿。北炭の大煙突、「希望の丘」などよりもよほど、彼らの声に希望を感じたのであった。

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