『睡眠の起源』(金谷啓之 著)講談社現代新書

 あなたは考えたことがあるだろうか。なぜ私たちは眠るのか。そもそも眠るとはどんな現象なのか。体の中の何がそうさせるのか。

 脳? もし脳を持たない生物も眠るとしたら?

「起きている時と眠っている時で測定される脳の電気活動、脳波は異なる。これは約100年前から常識になっていましたが、1980年代頃から違った見方をする研究者も出てきました。脳波は、起きているか眠っているかを判別する際に、客観的で信頼できる指標になる。けれど、それが睡眠という現象の本質なのか。ただ脳の活動の変化を確認しているだけではないか」

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 このたび『睡眠の起源』を上梓した金谷啓之さん。九州大学の出身で、現在は東京大学大学院に在籍している。専攻は生物学。初の著書となる本書では、睡眠にまつわる研究の歴史や、明らかになっている事柄を紹介する。そして、それに連なる、また世界でも大きな反響を呼んだ自身の大学時代の研究での新発見についてまとめている。

「スイスの生理学者、アイリーン・トブラーという人がいました。彼女は様々な生物の睡眠を観察して、脳波測定という手法によらない指標、睡眠の一般的な定義を見出そうとしました」

 私たちは眠っている時、外からの刺激に対して反応が鈍る。しかしながら、その刺激があまりに強いと目を覚ます。可逆的だ。

「2000年には、そうした状態がショウジョウバエというハエの一種にもあることが明らかになります。ショウジョウバエは遺伝子の解析を行うのに優れていました。さらなる研究でショウジョウバエには睡眠を制御する遺伝子があって、それと同じような遺伝子がマウスやヒトの睡眠でも大切な働きをしているということが分かるんです」

 そう、本書のキーワードの1つは、遺伝子だ。睡眠は脳の活動と密接に繋がっているが、そもそも遺伝子に刻まれた現象であるとしたら――。金谷さんが新たに発見したのは、脳を持たない生物も眠るということだった。その生物とは「ヒドラ」だ。細長い胴体に触手を持つ。全身が神経細胞によって構成されている。

金谷啓之さん

「大学では入学早々、生物学を教えられている先生に会いに行ったんです。小さい頃から生物の研究に夢中で、大学ではより本格的な研究ができると、入学前から浮き足立っていて(笑)。その先生が研究されていたのが、ヒドラでした。ヒドラは切り刻まれても断片が数日で完全体に再生するなど、すごく面白い生物で」

 金谷さんはすぐにヒドラの研究に没頭した。ある日、世話をしていたヒドラが、まるで眠くなっているかのような様子を見せる……。そこから世界的な発見に至るまでの道筋は、ぜひ本書を読んで確かめられたい。

 そんな金谷さんだが、高校ではプラナリア、子供の頃はクロアゲハの研究をしていた。本書には“研究少年”としての金谷さんも、ときおり顔を出している。

「小学生の時、私がアゲハチョウの観察に熱中するあまり、計画していた家族旅行がなくなるなんてこともありました(笑)。でも、その時に考えたことが、例えばこの睡眠の研究にも繋がっていたりするんです」

 クロアゲハが飛んでいるのは午前中が多く、昼下がりになるとあまり見かけなくなる。日が沈んで暗くなると見かけたことはない。金谷さんは「夜はどこにいるんだろう」と思った。

「そういう小さな積み重ねの上に発見はあるはず。研究者は普段、色々なことを考えながら、ある意味で旅をしている。そんな旅を書き記した本でもあります」

かなやひろゆき/1998年生まれ。山口県出身。東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室大学院生(博士課程3年)。2020年3月九州大学理学部生物学科卒業。同年4月より東京大学大学院医学系研究科所属。高校時代から化学・生物部に所属し、数々の科学コンテストに入賞。