虚像としての天才漫才師コンビ

 チョーコハナコという漫才師は、本作の中ではずっと虚像的存在です。誰かから見た描写だけがあって、誰も彼女らの本当の姿を知らない。わたし自身はいつも「素」というか、芝居などできない人間なので、誰かのための虚像を生きている俳優さん、芸人さんには逆にとても興味があったんです。

――本作は、春へ向かっていく時間のようなあたたかさが滲み出た「いい話」でありつつ、遠田さんの持ち味である「そこはかとない不穏さ」も楽しめます。第二章、五章は特に、そんな遠田さんの筆が乗っているな~と感じました(笑)。

遠田 わたしはどうやら「主人公あげ」するのが苦手で、登場人物たちは基本的にしんどい目に遭いがちなんですよね。というのは、少女漫画ブームの中で育つうちにひねくれてしまったのか、主人公と自分を同一視させて楽しませるような物語に、居心地の悪さを感じてしまうんですよ。例えば、「こんな冴えない私が、なぜか王子様に愛されちゃって……」みたいなあらすじを見ると、自分の欲求を簡単に充足させられているような気持ちになってしまって。だからなのか、「こうなりたい!」と思われるようなシチュエーションを排除した結果、誰も共感できないような話に……というと、それはそれでどうなんだ(笑)。

ADVERTISEMENT

“不穏な”五章の舞台、黒門市場

 でも、読み終わった後に、モヤモヤしてほしいというか、スッキリせずに心の中にとどめ置いてもらえるような話を書きたいと思うんです。本作は、わたしの小説の中では最も明るく、辛い目には合うけれども、最終的に明るい方向へ向かっていくので、安心して読んでもらえるのではないかと思います(笑)。

――「白・遠田潤子」、新たな遠田さんの魅力に気づいてもらえるのではないかと思います! ぜひご一読ください。

ミナミの春

ミナミの春

遠田 潤子

文藝春秋

2025年3月6日 発売