値上げをしないそば屋の秘密

 以前に複数の店主からヒアリングしたことがあるのだが、立ち食いそば屋が値上げをしない理由にはいくつかあるそうだ。これは町そば屋でもだいたい同じ。

  • 1)値上げすると常連がいなくなり売り上げが減るから上げない。

  • 2)値上げのための券売機の変更やメニューを作るのに金がかかって面倒だ。

  • 3)後継者がいないのであと数年だからこのままそっとしていたい。

  • 4)自分の物件で営業しているので耐える。

  • 5)自社が製麺や製粉をしている。

  • 6)安いからという印象で来てくれる客もいる。

 今回食べてみた店は皆うまいことに感心した。天ぷらはすべて自家製だし、自家製麺している店もあった。ありがたいことである。同時にすごいことだと思う。食べた直後に「逆―1杯のかけそば」、つまり「4杯のコロッケそば」というショートストーリーが誕生していた。こんなストーリーだ。

 夕方、お母さんと3人の子供がとぼとぼと歩いていた。お母さんの手持ちは1000円。

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 子供A「お母さんお腹が空いたよ。おそば食べたいよ」

 母「そうねえ…」

『でもかけそば600円なら1杯しか食べられない。4人で1杯のかけそばを食べさせてくれる店なんてないだろうし…』と母は悩んでいた。

 子供B「あ、あそこにそば屋があるよ。行ってみよう」

「立喰そば 大むら」店内に掲示された短冊メニュー。「コロッケそば」250円

 到着すると4人はびっくり。コロッケそばが250円と書いてある。さっそく笑顔で店に入り、4杯のコロッケそばを注文した。

 するとオヤジさんが「はいよ~待っててねえ」

 程なく出てきたコロッケそばをフーフーしながらアツアツのそばを嬉しそうにみんなで食べた。お勘定は4杯で1000円。4人はお腹も心もあったまって店を出た。

 子供C「お母さん、コロッケそばっておいしいね。おまけにちくわも入ってたよ」

 子供A「オヤジさんから飴をもらったよ」

 よかったねえとお母さん。仲良く夕日の中を帰りましたとさ。

――私の想像力は中学生の頃から何も進化していないようだが、とにかく安いそばってインパクトがすごい。しかし、同時に心配になってしまう。経営は大丈夫なんだろうか。やっていけるのか。こうした店も近い将来、値上げする可能性は高いと思う。今のうちだけのサービスということだろう。お願いだから値上げしてほしい。心配で夜も眠れない。

 江戸川区にあった「今井橋そば」は「かけそば」230円、「天ぷらそば」300円だったのだが、令和4(2022)年初頭に閉店してしまった。足立区南花畑にあった「そば政」は「冷肉そば」が480円と破格の安さと旨さが奇跡といわれていたのだが、今年の1月に突然、閉店となった。それぞれの事情があるとは思うが、薄利は厳しい時代になってしまった。