いまや、どこかを観光しようと思ったときに「観光列車」が選択肢に入ることも珍しくなくなった。
ただ鉄道ファン、“乗り鉄”のように列車に乗ることそのものを楽しむというよりは、特別に設えられた専用の列車に乗って窓の景色や地元の食材を使った料理などを楽しむということが目的だ。
その個性は千差万別だが、北海道から九州まで、日本全国津々浦々、ありとあらゆる観光列車が走っている。そんな観光列車のリストを眺めてみると、不思議なことがひとつある。東京の都心を出発する観光列車がほとんどないのだ。
だいたい利用者の少ないような地方のローカル線が観光列車の活躍の場になるから、というのがその理由だと推察される。
それに、都市部では日常的な利用者があまりに多く、とにかくそれを捌くので精一杯、観光列車を走らせる余地が少ないという事情もあろう。
めったにお目にかかれない“東京発の観光列車”には何がある?
そうした中にあって、数少ない“東京発”の観光列車。それが、「西武 旅するレストラン『52席の至福』」(以下「52席の至福」)である。走っているのは、西武新宿・池袋~西武秩父間。そう、西武鉄道の観光列車なのである。
新宿や池袋という、東京の中でも指折りの大ターミナルを出発し、目指すは遠く秩父の山の中。お昼に走る下りは「ブランチコース」、夕方発の折り返しは「ディナーコース」。
列車名の「52席」はそのまま座席の数で、乗ったお客にはフルコースが供される。数ある観光列車の中でも“本格派”といっていい。
「52席の至福」が運行を始めたのは2016年4月。つまり、今年で10年目を迎える。運行開始当初と比べても、最近のほうが乗車率が高いという。
西武新宿線、また池袋線という首都圏を代表する通勤通学路線を走りながら、これだけ成功を収めることができたのはなぜなのか。西武鉄道の運輸部 スマイル&スマイル室で「52席の至福」を担当する松浦博之さんに聞いた。
「『52席の至福』は、西武鉄道創業100周年で何か新しい事業を、ということからはじまりました。これまでの当社の歴史の中ではあまり考えられないことだったのですが、思い切ってレストラン列車を走らせてみては、と」(松浦さん)
レストラン列車投入の背景には、西武沿線で最も西に位置する秩父地域の活性化があった。10年ほど前、秩父地域を走る西武秩父線の乗降人員が下落傾向にあり、回復への起爆剤としても期待されたのだ。