「一枚の布」など、独創的な発想のデザインが世界的に評価されているファッションデザイナー・三宅一生(みやけいっせい)(1938―2022)。ジョブズも愛したその訳をファッションジャーナリストの生駒芳子(いこまよしこ)氏が綴る。
もし歴史に、三宅一生という存在がなかったら、世界はどう変わっていただろう?
まず、世界中の活躍する女性たちが、アイデンティティを表現するために着る服を探せずにいただろう。スティーブ・ジョブズは、新製品発表の場で、黒のタートルネックによるミニマルなスタイルを確立できずにいただろう。
さらには、この21世紀、日本のものづくりも、デザインの世界も、未来への道筋を探せずにいただろう。
三宅一生は7歳の時に、広島で被爆という体験を経て、デザインの道を選んだ。高校時代に、通学路にイサム・ノグチがデザインした橋「つくる」「ゆく」があったことが、デザインに対するインスピレーションに繋がったという。大学時代には、早くも才能が認められ、広告やファッションでの活躍が始まる。卒業の時点で発表した「布と石の詩」は、衣服の根源、存在理由を問うという三宅一生が一貫してもち続ける哲学を、すでに完璧な形で指し示していた。

パリのオートクチュールメゾンで経験を積んでいた1968年、五月革命に遭遇する。アトリエの窓から、警察に抵抗して路上を駆け抜ける学生たちの姿を見て、「ここにいてはいけない。より多くの人のための服づくりをしなくては」という直感を受ける。
1970年、三宅デザイン事務所を東京に開設。パリでもニューヨークでもなく、東京に拠点を置いた理由を、三宅一生はこう振り返る。
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source : 文藝春秋 2013年1月号

