『点と線』『砂の器』など、数々の推理小説を生みだした松本清張(まつもとせいちょう)(1909―1992)。生涯に渡る1000篇余りの仕事のうち、『昭和史発掘』など、近現代史を深く洞察したノンフィクションもまた読者を熱狂させた。担当編集者だった松本清張記念館館長の藤井康栄(ふじいやすえ)氏が語る。
早いもので、今年で松本清張没後20年が経ちました。松本清張の作家生活40年のうち、私は30年を担当編集者として過ごしました。大作『昭和史発掘』の8年間も含め、私の編集者生活は松本清張に伴走することで形作られてきたといっても過言ではありません。推理小説だけでなく、私の編集者生活にも「清張以前・清張以後」という言葉が当てはまるように思います。生涯で書き上げた作品数は、約1000点、推計原稿枚数12万枚。このうち、全体の4分の1が文藝春秋の各誌に掲載されたものでした。
文藝春秋は創刊90年。清張は、菊池寛が文藝春秋を創立する前から、芥川や菊池を読んでいました。だからもちろん一号からのファン。創刊号から読者で、後半は執筆者としてかかわったという人はこの人くらいじゃないでしょうか。

清張は子どもの頃から本が好きでした。貪(むさぼ)るように本を読み、生活の苦労を抱えながら生きてきた経験がすべて血肉となって作家生活に生かされていたのではないかと思います。
貧乏ではあっても、どん底とも言えないようなお金の使い方をする人でした。芥川龍之介が亡くなった時に文藝春秋が3円でポートレートを頒布するのですが、彼はわずか11円の給料の中からその金額を捻出して写真を手に入れているんです。当時、給料のほとんどを親に渡しているはずなのに、残ったわずかなお金の中で映画や芝居も見ていたし、16~17時間労働する合間に図書館に通い詰めて本を読んだりもしている。貧乏なりに非常に豊かな精神生活を送ったことが、後年豊かな創作の礎(いしずえ)になったのではないかと思います。
連載に足かけ8年の歳月を要した『昭和史発掘』は、当初、こんなに長くなる予定ではありませんでした。清張自身も菊池寛賞の受賞挨拶で「初めのうちはこんなに長くなるはずではなかったけれど、書いているうちに材料が出てきて……」と述べているように、従来一般には未見の資料も含め、さまざまな資料を集められたことがこの仕事の原動力になったと認識しています。
そもそも、連載開始時に清張本人から「他人の使った材料では書きたくない」とか「一級資料が欲しい」といった強烈な要求が出されていたので、資料集めは難航しました。ただ、いい資料が手に入ると私の方が嬉しくなるくらいどんどん燃えるタイプなので、やりがいはありました。いい資料は、渡した瞬間ににんまりするのですぐ分かるんですよ。
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source : 文藝春秋 2013年1月号

