野村克也 日本一幸福な年寄り

江本 孟紀 野球評論家
エンタメ スポーツ

プロ野球界の知将・野村克也(のむらかつや)(1935―2020)が、「ワシは監督として三悪人に鍛えられたわ」と苦笑混じりに引き合いに出す選手がいる。江夏豊氏、門田博光氏そして江本孟紀(えもとたけのり)氏(1947―)である。入団2年目で東映フライヤーズから南海ホークスにトレードされてから36年間、野村監督と付き合ってきた、プロ野球解説者の江本氏だからこそ知る、師の偉大さとは。

 野村監督は昔からすると多少は丸くなった感じがしますが、根本は変わってませんね。この間も監督がよくベンチで飲んでいるお茶の話になって、「血液サラサラになってエエでぇ」と自慢して、そこで終わり。普通なら「一本送ろうか」とか言うでしょ。そんな配慮、一切ありませんから(笑)。

 野村監督が子ども時代を極貧で過ごしたことはよく知られています。故郷の京都・網野町は、いまは市町村合併で京丹後市という名前に変わっていますが、僕は最近ある機会に訪れたことがあるんですよ。裏日本というイメージのそのままに……まあ寂しいところでした。野村さんはお父さんを3歳で亡くされて、ここでお母さん・お兄さんの3人で暮らしていた。学校に持って行く弁当箱の中は芋の蔓で真っ黒、米の飯を持ってきている同級生に恥ずかしくて隠しながら食べていたそうです。お母さんも3回も癌の手術をされたほどで、退院して家に帰ってくるとき、駅のホームでずっと野村少年は待ち続けた。そのエピソードをテレビで紹介していて、聞き手が監督に「それでお母様が現れたとき、飛びつかれたんですか」と尋ねると「恥ずかしくてそんなんせぇへん。側に寄っただけや」。この照れくささというか屈折した愛情表現は今も同じ。僕らが試合前に監督に挨拶に行くと、王さんや長嶋さんなら笑顔で握手して迎えてくれるんですが、野村さんはギロッと睨んで「おう、何しにきたんや!」だけ(笑)。知らない人はギョッとしますわ。でもあれで喜んでいるんです。

野村克也 ©文藝春秋

 だいたい野村さんは人の礼儀にウルサイくせに、自分はちゃんとしてない(笑)。選手も真面目な優等生よりも、僕や江夏みたいな言うことを聞かないやんちゃが好き。監督とはいままでいっぱいケンカもしてきました。現役時代にバント処理を失敗してベンチで怒られたときは「足が長いから地面に転がったボール取るのに時間かかりまんねん」と反論したらカッカしてた(笑)。

 ヤクルトの監督時代に先発投手の起用を新聞のコラムで批判すると、翌日の試合前、ベンチで投手のリストを出されて「ほなら誰を投げさすんや、言ってみろ!」「ワシが投げた方がマシですわ」「アホかっ」。大げんかしたと次の日のスポーツ新聞に書かれましたけれど(笑)。

 昨年、パ・リーグ本塁打王を獲った山崎武司にしても一本気な男。中日、オリックスで首脳陣と衝突してクビになった選手で、難しい男ですわ。それを野村さんは「もうベテランなんやから、肩の力を抜かんかい」とひと言で再生させた。

責任を持たせて考えさせる

 野村さんはワンマンに見えるけれど、コーチら中間管理職を育てるのも上手い。南海時代に選手兼任監督を務めていたときも、選手起用のほとんどをヘッドコーチのブレイザーが決めていた。勝敗を分ける一球だけ、ブレイザーがダァーとベンチを走って野村監督の元に行き「スクイズにするか、打たせるか」とか聞くだけ。コーチたちに責任持たせて考えさせるので、育つんですよ。

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source : 文藝春秋 2008年9月号

genre : エンタメ スポーツ