巨人V9の立役者で、本塁打868本の世界記録保持者。監督としても低迷していたダイエー(当時)を日本一に導いた王貞治(おうさだはる)(1940―)。巨人の黄金期で苦楽を共にし、監督時代には参謀として支えた元プロ野球選手の黒江透修(くろえゆきのぶ)氏(1938―)が「世界の王」の素顔を明かす。
ワンちゃんは現役時代から、「天才は95%の努力と5%の素質で生まれる。素質で劣る僕は、もっと努力しなければならない」と言っているように、まさしく努力の人でした。
僕も「荒川道場」の門下生でしたから、そんな姿を何度も目にしてきた。僕が入団した1964年には日本記録の55本のホームランを打つほどのスター選手でしたが、毎日のように荒川(博)打撃コーチの自宅で真剣勝負を繰り広げていました。
調子が悪い時期などは特に、鬼気迫る光景でした。何回バットスイングをしても、荒川さんは「ダメ」としか言わない。最初は黙々とバットを振っていたワンちゃんも、そのうちイライラしてきてバットを畳に叩きつけ、6畳ほどしかない部屋の周りを歩き回る。「殴り合いの喧嘩でも始まるんじゃないか?」と、見ているこちらも気が気ではありませんでした。
それほど、荒川さんとの絆は深かった。銀座で飲んでいても夜の11時には店を出て、「今から行きます」と電話を入れ荒川さんの自宅へ向かう。到着して1時間ほど酔いを覚まし、3時までバットを振ることも珍しくなかった。「あいつは酔っぱらっても来た」。荒川さんからそう聞かされた時、「そこまでしないと一流にはなれないんだ」と驚かされました。

余談ですが、ワンちゃんは酒、女などの遊びを全くしないわけではなかった。「奥さんにばれたらどうするの?」と僕が尋ねると、彼は「言い訳はしない。『ごめんね』と謝るだけ」と答えていましたが、野球をおろそかにすることは一切ありません。
特に打撃に関して、ずっと考え続けていた。そこは長嶋(茂雄)さんと同じでした。打てないと落ち着かなくなって、ワンちゃんはファーストを守っている時もずっと足で地ならしをしている。すると、セカンドの土井(正三)から、「王さん! ピッチャー投げるよ」と注意されてね。長嶋さんは長嶋さんで、サードベース付近でバッティングのタイミングを計っている。それをショートの僕が、「チョーさん、試合中!」と声をかけたり。打撃への執念は似ていました。
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source : 文藝春秋 2013年1月号

