クラブのドアボーイにいきなり新車をプレゼントしたり、歌手のダイアナ・ロスに100万円の祝儀を渡したり……。残した伝説も破天荒なら、借金も1964(昭和39)年当時で1億8000万円と桁はずれ。藤山寛美(ふじやまかんび)(1929―1990)は、戦後の上方喜劇界を代表する役者である。「前世は父と双子やったと思うわ」と語る女優の藤山直美(なおみ)さん(1958―)は愛娘。
ひと言でいうたら、努力家やね。お客さんに見えんところで考え抜いて、いったん舞台に上がったら、そんな素振りは毛ほども見せんと楽しそうにやってるんやもん。いい芝居は偶然出来上がるなんてことない。オシッコに血が混じった経験せんとできませんよ。何が凄いて、舞台の上で日常会話できるのが凄いわ。

けどね、これ、父親が死んでから思たことですよ。生きてる時は「偉い」なんて思うかいな。ただのオッサンや思てた(笑)。わたしは父親とは1カ月半しか一緒に舞台出てないんですよ。だから父親が死んで、自分が本格的に仕事するようになって、「あの人、偉いな」と。わたしにはとてもできません。
あのね、うちのお父さん、たぶん人間の五感の中で音感がずば抜けてたと思うの。相手の台詞の音、下座の音、そういうのが正確に取れた人やと思う。そやから、ああいう間(ま)ができたんですよ。リズム感がものすごうよかった。そういう才能を一つでもわたしに置いといてくれたらよかったのに……。けど、人に金借りたらあかん(笑)。
好きな役者さんは中村勘三郎先生でした。父がまだ新喜劇で通行人してた時、「あの子はよくなる。あの子を観てやってくれ」って言って下さったそうです。先生のこと大好きで、「ほんまにチャーミングな役者さんや」てよう言うてましたなぁ。だから、先生の舞台の仕種(しぐさ)を父はどんだけ盗(と)ってるか。和事の柔らかさとか、お客さんとの一番いい距離の取り方とか。
一回ね、母親がわたしに写真を見せたことあったんですよ。父親が他の女性と旅行してる写真。それ見て母親が、「見てみ、お父ちゃん、嬉しそうな顔してぇ」って。厭味でも何でもないの。素直にそういう父親の幸せそうな姿に見惚れてるいうのかな。今になるとわかるんです、何でうちのお父さんがお母さんを好きやったか。しっかりはしてるけど、きつくない。うちのお母さん、柔らかいもん。そういうホンワカしたところがお父さんは好きやったんやなって。お母さんはお父さんの喉仏だけ掴んでたんですね。もちろん父親も偉かったけど、うちのお母さんがいてなかったら、ああいう役者になってなかったかもしれん思います。
「両方とも揃た人生はない」
父親はほとんど家にいなかった。下の妹なんか、父親が楽屋に戻る時、「おっちゃん、また来てね」言うたもん。たまに家にいる時はゴローッと寝転がってテレビ観たり映画のビデオ観たり。ご飯は別々でした。父親は母親と座敷で、うちら子供は食堂。食べる物も違うの。例えばわたしたちがカレーライスとサラダにあと一品やとすると、父親はお造りに焼き魚と煮物とかね。「お父さんが働いてるんやから当たり前」って、母親が。
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source : 文藝春秋 1998年12月号

