親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル
私は60歳で死ぬだろうと思っていた。だから50代の後半は死が間近で、書くものにも影を落としていた気がしないでもない。死んだことがある人がいるわけではないので、死は経験不能なものとして頭で考えるしかないことだった。
ただ、60歳の死だけが私には妙なリアリティがあった。元気だった親父が、60歳で急死したことが根本にあったのだろう。
親父は、かつて朝日新聞社が主催していた健康優良児コンテストなるもので日本一だかになり、旧制中学のころは土俵開きに来てくれた連勝中の横綱双葉山に学校を代表して稽古をつけて貰い、俺の弟子にならないかと言われていたという、勲章みたいに見せびらかす自慢を二つ持っていた。おまけに柔道四段で不敗であったと嘯いていた。

親父は外国航路の船員であったが、海軍がどうのなどと語っていた。ポツダム少尉というやつで、任官は終戦直前で乗る船などなかったはずだ。おまけに日本の船腹量が急激に増える中、士官不足の状態の波に乗り、30代で船長になってしまった。
昔の貨物船には50名ぐらいが乗り組んでいて、海洋に出れば閉鎖社会で、その中で若くして小王になってしまったのである。
船には出身地も教育もさまざまな人が乗っていて、船長はそれをしっかり見ていなければならないのだ、と言ったことがある。小学生のころ私が横浜停泊の船に連れていかれていると、理不尽だと思えるものを多く見た。ほかの人が船長室にやってくると、大抵はおべんちゃらを言っているような感じだったが、怒鳴られている人を見た。甲板長(ボースン)に連れられた初老の船員さんが、おばさんが病気なんで見舞いに上陸していいかね、と遠慮がちに言った。駄目だ。親父は怒鳴ったのである。自分のおばをさんづけにするなどと、言葉の遣い方を知らん、というのが駄目の理由であった。驚くというより、私は呆れた。
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