30年前、暴力団を専門に扱う雑誌「実話時代」編集部に入社して以降、暴力団だけを追いかけてきた。抗争中、最前線指揮官の幹部に密着した時期もあった。喧嘩相手にとって最重要殺害対象者である幹部は頻繁に居場所を変え、移動した先で桜や新緑、紺碧の海や山の紅葉、雪景色を楽しんでいた。
風光明媚な景色の前で幹部は毎回「世界はこんなにも美しいのか」と感嘆した。ボディガードが「本当に綺麗です」と相づちを打つ。暴力団のほとんどは少年期から鑑別所に入り、中学校の修学旅行さえ行っていない。それにしても大げさで芝居がかって見えた。

理由に思い当たったのは、ボディガードの1人が射殺された時だ。現代のボディガードは武器を持たず、襲撃されたら楯になって死ぬしかない。余命幾ばくもない病人が、自分の寿命を悟って初めて散る桜の美しさに涙するように、暴力団たちは抗争の中で死ぬ覚悟を決め、世界の美しさに気付いていたのだ。
その後、52歳になって、私は暴力団たちの心境を追体験することになった。
ミュージカル映画の劇中歌であるABBAの「ダンシング・クイーン」を聴いて涙が止まらず、この曲をピアノで弾くためだけに音楽教室に通い始めた時のことだった。
講師のレイコ先生は何を訊いても言い淀まず、短いやりとりでも思考の強度が伝わってきた。硬質な専門教育を受けてきた彼女のオーラは、人を殺したことのあるヤクザに似ていた。
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