東京タワーを紫色に染めたい

奥坂 拓志 国立がん研究センター中央病院肝胆膵内科長

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ライフ 医療

 私が心を動かされた、患者さんの家族から受け取った手紙があります。

〈父の膵臓がんが分かって、こちらに転院して亡くなるまでたった2カ月。膵がんについて調べれば調べるほど怖くて毎日毎日自宅で泣いて、病院では笑顔で父に接する日々でした。それが、「膵がん教室」に通って、病気について父と話せるようになりました。さっきまで起き上がることすら辛かった父が、教室で一生懸命にいきいきと話している姿を見て嬉しかった。本当に心強かったです〉

 私たちが開設している「膵がん教室」とは、国立がん研究センターの医師、看護師、薬剤師、栄養士、心理士らが、通院する患者さんやその家族と面と向かって語り合う講座のこと。診察室では話し合えない悩みを共有する場です。治療や診断、薬から食事、心のケアに至るまで幅広い情報を提供し、患者さんが安心して治療が受けられることを目指して2007年から開設しています。

 5年生存率8.5%――。数ある「がん」のなかでも、膵臓がんは最も難治ながんと言われています。患者数も年々増加し、死者数では2023年に胃がんを抜いて、肺がん、大腸がんに次ぐ第3位。年間約4万人もの方が亡くなっています。

 がん専門病院の担当医として33年間、治療と研究に取り組んできました。着任当初、膵臓がんに使える抗がん剤もなかったことを考えれば治療は着実に進化しています。それでも、1年生存率、2年生存率が少し上がっても、私の診察を受けに来る患者さんはステージ3や4の方が多く、ほとんどの方が1年ほどで亡くなってしまう現実は変わりません。

 正直に告白すれば、そこで直面するのは、われわれの医療が「本当に患者さんのためになっているのか」という葛藤です。他のがんと違って抗がん剤を投与してがんが小さくなる、手術して寛解する、という医療者としての手応えも実感しにくい。抗がん剤の副作用で患者さんに辛い思いをさせているだけではないか。せっかく医者になったのに何をしているんだろう、と思うこともあります。

 私の人生を決めたのは、実習した病院に併設されたホスピスでの経験でした。末期のがん患者さんのために懸命に働く方々に出会って「ホスピスで働きたい。そのために一番難しいがんの治療を勉強して経験を積もう」と思い、膵臓がん治療の世界に飛び込みました。

 0.01%でも生存率を上げるのが本分なのはもちろんです。ただ、完治できない方がいるのなら、せめて別の形で患者さんを助けられないか。

 足を骨折したら病院が松葉杖を貸し出してくれます。松葉杖で骨折は治りませんが、患者さんには無くてはならない支援です。膵臓がん患者にとっての松葉杖のような活動ができないかと考えて始めたのが、冒頭で紹介した「膵がん教室」でした。

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source : 文藝春秋 2026年1月号

genre : ライフ 医療