若い頃、ノーベル賞受賞者に「スチューピッド」と……
「先生宛に英語のお電話がかかっています」
秘書からそう取り次がれた私は、はいはいと返事をしながら研究室の受話器を手に取りました。何気なくドアを見ると、部屋に家内が入ってくるのが見えました。もしかしてノーベル委員会からの電話ではと、秘書が伝えたのかもしれません。
私もひょっとして……と思いながら電話口の声に耳を傾けると、受賞を告げる電話でした。その後のことは正直よく覚えていませんが、ありがとうございます、嬉しい喜びですと伝えて電話を切って、家内と2人で「ついに来た!」と喜びあいました。

2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大阪大学の坂口志文特任教授(74)。日本人の同賞受賞は2018年の本庶佑・京都大学特別教授(83)以来、7年ぶりとなった。
授賞理由は、体内の免疫細胞が過剰に働いて正常な細胞や組織を攻撃することを抑える、免疫のブレーキ役「制御性T細胞」の発見。その研究は、関節リウマチや一型糖尿病などの自己免疫疾患から、アレルギー、がん治療への応用も期待され、「免疫学最後の大発見」とも評されている。
免疫はなぜ自分に反応しない?
人の身体には、病原体などの異物(抗原)が侵入してきたら、攻撃して排除しようとする免疫という仕組みがあります。その際、攻撃司令官の役割を果たしている免疫細胞をT細胞といいますが、私が発見した「制御性T細胞」は、この攻撃指令が伝わるのを邪魔して、体内に入ってきた異物に対する攻撃をやめさせる働きをする細胞です。免疫細胞は何十種類もありますが、攻撃を止める働きを持つものはこの制御性T細胞だけです。
本来攻撃するべきものではないものを攻撃してしまうと、自分の免疫が自身の肉体を攻撃する自己免疫疾患や、特定の異物が入ったときに免疫が暴走してしまうアレルギー反応が起こってしまいます。逆に、本来攻撃すべき細胞への攻撃をやめてしまうと、がん細胞の増殖に歯止めがかからなくなってしまう。制御性T細胞はそうした様々な病気のメカニズムに関係しており、研究が新しい治療法に繋がる可能性があります。
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source : 文藝春秋 2025年12月号

