孫正義はバブルに飲み込まれた

ビジネス 企業
ウィー、ウーバー……孫さんの投資先への疑問は噴出するばかり。だが言えるのは、孫さんはリスクを取り過ぎだ。ウォール街で仕事をしてきた私の視点にはそう映っている。

急速に揺らいできた評価

「Japanese Billionaire(日本の億万長者)」――そんな枕詞が必ずと言ってよいほど付いてまわる孫正義さんの名前は、米国メディアに最も頻繁に登場する日本人の名前だ。資産10億ドル以上の人をビリオネアというが、孫さんの資産は230億ドル、世界40位程度というから数字だけ見ればその資格は十分にある。

 何かと評判の悪いサウジアラビアのムハンマド皇太子をリード・インベスター(最大出資者)に招聘して立ち上げた「ビジョン・ファンド」(1,000億ドルのベンチャーキャピタル)の総帥としても知られる。ドナルド・トランプ大統領との面談後、彼は米メディアに「アメリカに何十億ドルもの投資をし、100万人もの雇用を産み出す男」(カラ手形にならなければよいが……)として紹介された。

 トランプ大統領やサウジ皇太子に接近するのは、レピュテーション・リスク(評判リスク)を取ることであり、普通の金融マンならやらないことだ。なぜなら、非人道的・非倫理的なこの2人と同類の人間と思われるからだ。

 私自身はウォール街で仕事をしてきた投資銀行家であり、ベンチャー企業の成長資金の調達を生業としてきた者だ。その私の視点からすると孫さんはリスクを取り過ぎだ。

 強欲主義の権化として嫌われる投資銀行も銀行だから、当局の規制は受ける。規制金融機関の経営者であれば、当局の監視のもとに顧客に対しても投資家に対しても「善管注意義務」(善意を持つ管理者として十分な注意を払う義務)を負う。その職責から法的にも相当な慎重さを求められるが、孫さんは、私の目から見ると投資家ではない。例えば、日本電産の永守重信さんは投資をして事業を育てているから立派な投資家だが、孫さんは「投機家」であり、性質がまったく異なる。

 私のようなウォール街の住人から見ても、孫さんは「尋常ではないタイプ」だった。だから元々危うさは感じていたのだが、その評価がここのところ急速に揺らいできた。11月7日のファイナンシャル・タイムズ紙の一面には「目利き」の孫さんが「Blind Eye」と大きく書かれてしまった。加えて孫さんの評価の低下が契機となり、テクノロジー株式市場のバブルに崩壊の兆しがみられ、市場全体が2000年の「ドットコム・バブル崩壊」のような急落に見舞われるのではないかという懸念が米国では広がりつつある。

40歳のCEOは勝手し放題

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都内のウィーワーク

 その端緒となったのが、彼の投資先の1つである米シェアオフィス大手「ウィーワーク(以下ウィー)」の株式公開延期と救済の顛末だ。

 孫さんたちは、今年1月にウィーの価値を470億ドルと評価して投資した。そこまでのウィーへの投資額の合計は約100億ドル、持ち分は29%と伝えられた。「赤字垂れ流し企業」で、いつ黒字転換するのかわからない状況だったが、ゴールドマン・サックスなどの投資銀行が公開を持ち掛け、一時は600億ドル水準で公開されると語られた。

 ところが公開準備が進むと、わかりにくいグループ構造やガバナンスの弱さ(40歳のCEOアダム・ニューマンが勝手し放題な経営をできるような仕組み)が問題となりケチがついた。やがて公開価格は150億ドル程度という話になり、これでは孫さんたちに巨額の評価損が出るので、公開は無理だろうという噂がひろがった。「提灯持ちが持っていた提灯の火」が消えてしまったのだ。すると群がりそうだったお金が皆去った。

 ウィーは赤字なので、増資できなければ借り入れも増やせず、11月にも資金繰りがつかなくなる。孫さんたちはこの会社を結局自ら救済することにし、65億ドルの新規資金を提供し、旧株主の保有株式を30億ドル分買い取ることにした。

投資先に疑問が噴出

 辞任することとなったニューマン共同創業者には、孫さんがコンサル・フィーとして支払う1億8,500万ドルを含めて合計17億ドル相当の退職金パッケージを準備した。この増資にあたって再算出したウィーの評価額は80億ドルというから前回投資時の何と6分の1の評価だ。私は80億ドルでも高いと思うが……。孫さんたちは持ち分を8割に増やしたにもかかわらず、ソフトバンク・グループはウィーを連結子会社としない。ヤフーとラインの統合会社は、5割弱の所有なのに連結子会社とする……これはご都合主義でおかしいのではないか。今後はソフトバンクが丸抱えでウィーの再建にあたらなければならない。

 まったく同じ会社の評価が1月には470億ドル。10月には80億ドル。一体これはどうなっているのか。ここから市場では疑問が噴出した。

 ・そもそもどうやってウィーの企業価値を470億ドルと弾いたのか?

 ・持ち分を8割に増やしたはいいが、ソフトバンク本体はウィーの赤字連結を合法的に逃れることができるのか?

 ・これからもファンド投資失敗の後始末は、ソフトバンク本体が行うのか?

 と噴出する疑問は止まらない。そして今度はソフトバンク本体にも矛先が向かう。

 ・公開後、株価が低迷しているウーバー他、ソフトバンクの新しい投資先(犬の散歩代行、出前代行、パパママ旅館、自動車リース等)はみな同じではないのか?

 ・現在募集中の「2号ファンド」はどうなるのか?

 ソフトバンク・グループ本体は今では「投資会社」となり、国際会計基準に沿って未公開企業の評価益を収益計上している。バブルが膨らんでいるときは大きく利益が出るが、破裂するとどうなるのか。

 公認会計士の細野祐二氏が同社決算を評価益の計上を認めない日本基準で弾いている(「FACTA」11月号)。細野氏の分析によれば、18年3月期税引前利益は2,775億円の赤字、19年3月期は661億円の赤字となる。国際会計基準では、それぞれ3,846億円の黒字、1兆6,913億円の黒字だ。日本基準と国際基準では雲泥の差がある。

 加えて国税庁は、ソフトバンク・グループが節税対策を講じ、納税を大幅に減らしたことを問題視している。現在、同社が節税に利用した税法上の抜け穴を閉じるための方策を検討中だという。

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source : 文藝春秋 2020年1月号

genre : ビジネス 企業