伊藤匠「今は当時よりはだいぶなくなっていると思いますが、ゼロにはなりません」――編集部員が選ぶ“2025年の名言”

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2025年に「文藝春秋PLUS」に掲載された記事の中から、編集部員がとくに心を掴まれた「イチ押しの言葉」を紹介します。今回は、プロフェッショナルたちの言葉を集めました。

伊藤匠「今は当時よりはだいぶなくなっていると思いますが、ゼロにはなりません。自分もそこまでできた人間ではないので」

(2026年1月号、「藤井六冠に勝ったと思った瞬間」)

 

昨年の王座戦で、藤井聡太七冠(当時)から二冠目を奪取した伊藤さん。世間に将棋ブームを巻き起こしたうえ八冠独占まで果たし、大きく水を開けれられていた同学年のライバルに対して「劣等感や嫉妬心があったか?」と問われた時の返答がこれです。少しだけ笑みを浮かべながらも、闘争心を隠そうとしない姿に勝負師としての矜持を感じました。棋士はこうでなくっちゃ。(編集部・寺島)

伊勢ヶ濱春雄「プロの相撲界に入って厳しくしないって、それは意味がないでしょう?」

(2025年9月号、「あきらめないで本当によかった」)

 

2025年1月の初場所中に現役引退を表明し、6月に師匠の元横綱旭富士から伊勢ヶ濱部屋を継承した元横綱照ノ富士(十代伊勢ヶ濱親方)の言葉です。「伊勢ヶ濱部屋は先代の頃から厳しい稽古で有名ですが……」と話を向けたところ、即座に返ってきたのがこの一言でした。伊勢ヶ濱部屋には現在、義ノ富士関、伯乃富士関、熱海富士関など6人の関取が在籍し、「角界最強部屋」とも称されています。まっすぐにこちらを見つめながらきっぱりと言い切る親方の姿に、この「最強部屋」を率い、先代の教えを受け継いでいく覚悟の大きさを感じ、思わず圧倒されてしまいました。(編集部・天羽)

山田詠美「よく『芥川賞も裏取引で決まってるんでしょ』と、したり顔で語る人がいるけど、絶対にありえないよ。小説ってそんなことがないくらい野蛮な世界」

(2025年12月号、山田詠美×川上弘美×江國香織「女流作家に憧れた私たち」)

 

山田氏が小説『三頭の蝶の道』(河出書房新社)で描いた、昭和の女流作家に関する座談会での一言。芥川賞の選考会が始まる直前、私が会場の料亭「新喜楽」に挨拶に伺うと、真剣勝負に臨もうとする選考委員の方々の覚悟が伝わってきて、「裏取引」など“絶対に”ありえないことがよくわかります。そもそも、事前に決まっているのであれば、今年7月の選考会のように「受賞作なし」は起こらないはず。選考委員を20年以上務める山田氏の矜持が伝わってきました。(編集部・大澤)

山根基世「これはリズムがちがう文章ですね」

(2025年12月26日配信 【朗読】「ふしぎな相撲ブーム」宮城谷昌光

 

山根基世さんが毎号の中から選ばれた記事を朗読する収録現場に立ち会うようになって、はや半年が過ぎようとしていますが、特に驚いたのがこの一言でした。その原稿は、宮城谷昌光さんが相撲について語られた巻頭随筆。宮城谷さんは直筆で原稿用紙に原稿を執筆される方ですが、いわゆるパソコンで「打った」文章と違い、手で「書いた」文章には独特の節回し、リズム感がある、とおっしゃるのです。そう思って読み返してみると、たしかにそれまでの原稿とは息継ぎのポイントも異なれば、抑揚も変わってきます。プロの仕事をプロが受け取ると、ここまで分かるのか……。収録の現場に立ち会った一人として、大変驚かされる瞬間でした。(編集部・川本)

坂口志文「あなたはスチューピッドだ」

(2025年12月号、「ユーレイ学者から高齢者希望の星へ」)

 

ノーベル賞受賞後のインタビューで、かつて自分の研究がノーベル賞授賞学者からそのように否定されたこともあってね、と語られた坂口志文先生。驚くべきはそれを本当にのんびりとおっしゃったこと。やりたいこともできてお金ももらえて家族もいて、あまり辛いと思うことはありませんでした…と、あっけらかんとかたるその姿に、シンプルに大きく構えることの大事さを実感しました。(編集部・川本)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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