谷川雁 「孤立を恐れず」のカリスマ

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民俗学者として文化功労者に選ばれ、歌人としても歌会始で召人(めしうど)をつとめた谷川健一(たにがわけんいち)は、詩人の谷川雁(がん)(1923―1995)、東洋史学者の谷川道雄(みちお)京大名誉教授、日本エディタースクールの吉田公彦と各界で活躍する谷川兄弟の長男でもある。筑豊で炭鉱闘争に深く関わるなど、全共闘運動に大きな影響を与え、いまなお思想家としてカリスマ的な人気を誇る次男・雁について語った。

 雁(本名は巌(いわお)。以下、雁で通すこととする)の性格を一言でいうなら、「無類の負けず嫌い」となろう。ひとたび「白」と口にしたら、黒でも「白」と言い通すところがあった。子供の時分、野球などして遊んでも、雁は一度「セーフ」と言い出すと決して譲らなかった。後年の労働運動や思想活動などに至るまで、生涯、それで押し通した。カリスマと呼ばれた所以(ゆえん)であろう。

 水俣に生まれた私は昭和9年、旧制熊本中学に入学、祖父母の家で下宿生活をはじめた。やがて2歳下の雁も同じ中学に進み、同じ部屋に暮らすことになった。

 自説を曲げない雁は、いつも集団のリーダー的存在だったが、同時に敵も作りやすい。中学の頃、級友からいじめられたこともあったようで、そんなとき、雁は私と2人きりの夕食で、「残念だ」と声を上げて泣いた。私も兄として見過ごせない気持ちになり、雁をいじめた相手を剣道場に呼び出して殴ったこともある。後に事情がわかってみると、往々にして雁の方が悪かったりもした。

谷川雁 ©共同通信社

 中学時代、2人でむさぼるように本を読んだことも思い出される。本屋で文庫本を買ってくると、一冊の本を2人同時に読むのである。私が右のページを読んでいる間に、雁が左を読む、といった具合で、あっという間に読み終える。そして、本屋にその本を持っていき、違う本に取り替えてもらうのである。当時は、お金のない学生にそういう配慮をしてくれる本屋さんがあった。

 幼い頃から結核を患っていた私は、東京大学在学中に喀血し、戦争末期から戦後まもなく水俣で療養生活を余儀なくされた。その頃、雁は東大から兵役を経て、戦後は西日本新聞に入社した。そして入社2年目で、労働組合の書記長に就任する。ある朝、水俣の実家で私が新聞を開くと、見出しも写真もまったく入っていないという異様な紙面が目に飛び込んできた。それは、「最劣悪の紙面を作成せよ」という雁の指導によるものだった。

 こうした激しい争議の結果、新聞社を辞めた後、雁は結核にかかり、阿蘇山麓の療養所に入る。いかにも雁らしいのは、ここでも患者たちのリーダーとして君臨していたことだ。私が見舞いに行くと、雁が「あなたの症状だったら、この薬とこの薬がいいから、貰ってきなさい」と処方箋を書いて、集まった患者たちに渡していた。病気についてもよく勉強し、医者顔負けの知識量だった。

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source : 文藝春秋 2009年8月号

genre : ニュース 昭和史