宝塚出身で、戦後はシャンソン歌手、女優として、鮮やかな光芒を残した越路吹雪(こしじふぶき)(1924―1980)。「愛の讃歌」や「サン・トワ・マミー」は昭和の日本人を勇気づけた。日生劇場の「越路吹雪リサイタル」やミュージカル「結婚物語」「アプローズ」を演出した、劇団四季の創設者の一人で演出家の浅利慶太(あさりけいた)氏(1933―2018)が彼女の魅力を語る。
越路吹雪(以下、呼びなれたコーちゃんを使わしていただく)はシャンソン歌手と呼ばれる。しかし私に言わせれば、コーちゃんがあれだけカリスマ的な人気を博したのは、シャンソンをただ原曲に忠実に歌ったからではない。かの女の歌をフランス演歌と言った人がいるが、言いえて妙である。越路吹雪は日本人の心情にぴたりと寄り添うように日本語で「愛の讃歌」や「サン・トワ・マミー」を歌った。
マネージャーでもあった岩谷時子さんの訳詞が素晴らしかったことは言うまでもない。西日本出身の岩谷さんの詞が、幼い頃を雪国で過ごした越路吹雪の歌と化学反応を起こし、シャンソンを日本語のふくらみの中でとらえた。こうして越路吹雪の歌は、2つとない昭和の日本の歌となったのだと思う。
日生劇場で第1回の「越路吹雪リサイタル」が開かれたのは1966(昭和41)年。

最初は2日間、次が5日。ここから私が演出を担当し、公演回数は1週間、2週間と増え、とうとう2ヶ月になった。名称も「越路吹雪ロングリサイタル」となり、4万枚のチケットが売り切れた。こんな大スターはほとんどいなかった。
私はもともとかの女のファンだった。昭和26年に宝塚から東京へ来たかの女は、はじめは「モルガンお雪」や「マダム貞奴」といった和風ミュージカルで成功したが、次第に当時全盛だった菊田一夫さんの芝居への出演が多くなった。
私はかの女の舞台を見ながら、歌ってこそ才能の生きるかの女は、東宝の芸風と合わなくなっていると感じていた。そこで東宝を離れて日生劇場へ出演しないかと、交渉をはじめたのだ。
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source : 文藝春秋 2006年2月号

