人口減少社会を恐れるな

ジャレド・ダイアモンド カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授
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 ジャレド・ダイアモンド氏(82)の名を一躍、世界に知らしめたのは、ピューリッツァー賞を受賞した著書『銃・病原菌・鉄』(草思社)だった。さまざまな資料を駆使して「西洋が経済的に優位に立ったのは、人種の優劣ではなく地理的な要因だ」と喝破し、「ヨーロッパ人は優秀」という人種差別的な偏見に反論する内容で世界的なベストセラーとなった。ダイアモンド氏は、ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めたあと、進化生物学、鳥類学、人類生態学へと研究領域を広げた。複数の言語を操り、パプアニューギニアでの長年のフィールドワークを続けるなど、学際的な研究で得た独自の視座による著作はいずれも世界的に高い評価を得ている。
 
 最新刊は『危機と人類』(日本経済新聞出版社)。これまで国家がいかにして危機を乗り越えたのかを幅広い事例で検証し、今、人類が直面する危機にどう立ち向かうべきかについての示唆に富む1冊だ。
 
 世界的な危機に加え、日本は人口減少、少子高齢化、男女不平等、近隣諸国との関係、資源不足、長引く不況など独自の問題も多く抱えている。2020年の日本をダイアモンド氏はどう見ているのだろうか。
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ジャレド・ダイアモンド(カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授)

日本の問題に優先順位はない

 核兵器、気候変動、資源枯渇、格差の拡大――。世界は今、さまざまな問題に直面しています。世界的な危機と言ってもいいでしょう。しかも、この危機はこれまで世界が体験したことのない、史上初めての世界的規模での危機なのです。これまでもローカルな国や文明の崩壊はありました。西暦800年〜のマヤ文明の崩壊や、1200年代〜1300年代の東南アジアで最もパワフルだったクメール王国の崩壊などです。

 今、われわれの目の前に迫っているのは地球的規模、グローバルな崩壊です。しかし、わたしは悲観主義者の声には耳を傾けず、希望も捨てていません。歴史から学ぶことで、この危機を乗り越える手立てを得られると信じているのです。

 確かに今の日本はさまざまな問題を抱えています。どこから手をつけるべきなのか、その優先順位を聞かれたら、わたしはこう答えます。「順位をつけることはできません。すべて解決しなければなりません」。ジャーナリストが一番嫌がる答えですね(笑)。

人口減少はアドバンテージ

 しかし、問題だと思われている中には、実際には問題ではないものもあると考えています。それは人口減少です。もし日本の人口が1億2600万人から300万人になるのなら、大問題です。でも9000万人に減るのは問題ではなく、むしろアドバンテージです。

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 日本は外国の資源に依存しています。歴史を振り返ると、日本は資源を獲得するために苦心し、その結果、政治的な困難にも巻き込まれてきました。もし日本の人口が減少すれば、それだけ必要とする資源が減るのです。これは日本にとって悪いことではない。

 人口が減ったら経済力が落ちると心配する声もあるようですが、日本よりも人口が少ないにもかかわらず経済的に成功している国はたくさんあります。オーストラリア、フィンランド、イスラエル、シンガポール……。人口が9000万人になったからといって経済力が極端に落ちることはないでしょう。

 今、世界は持続不可能な経済で回っています。森林、漁業、水など、われわれは資源の回復をまたず、欲望のまま使っています。今のペースでいくと30年で必要とする資源はなくなってしまうかもしれません。

 持続可能な経済を営むには、枯渇させないように資源を使う必要があります。かつて日本は持続可能な国でした。江戸時代、鎖国をしていたので、基本的に国内の資源ですべてをまかなっていたのです。森林を守りながら木材を利用していましたし、農業も漁業も同じです。

 江戸時代よりはだいぶ多いですが、人口が減れば、持続可能な経済はより実現しやすくなります。

 そうは言っても、日本の場合、同時に高齢化も進んでいる、これは大きな問題だ、という声も聞きます。医療費の問題や若者への負担が大きくなることへの懸念です。

 若者の負担についてですが、世界中のすべての若者は日本よりも自国の高齢化を負担に感じていると思います。日本の高齢者は、世界の他のどこの国の高齢者よりも健康です。長寿国といっても、日本の高齢者の健康状態は「エクセレント」ですから、世界のどこよりも若者への負担は少ないのです。世界に目を向ければ、日本の高齢化は日本人が思っているほど大きな問題ではありません。

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問題は定年退職

 問題は高齢化ではなく、定年退職というシステムです。高齢者は強制的に労働市場から退場させられてしまう。日本の定年は65歳ですか? アメリカでも30年前までは定年退職制度がありましたが、今ではパイロットなど一部の職業をのぞいて違法になりました。

 わたしは82歳です。60歳になる直前に『銃・病原菌・鉄』を刊行しました。振り返ってみるともっとも生産的だったのは70歳代でした。もし70歳で強制的に退職させられていたら、世界の読者に貢献できる機会を奪われていたでしょう。

 わたしにはかつて、エルンスト・マイヤーという進化生物学者の親友がいました。彼は70歳のときにハーバード大学から定年退職させられましたが、101歳になる直前に他界するまでに26冊の本を出しています。その半分は80歳の誕生日を過ぎてから書いたものです。

 わざわざこんな話をしたのは、日本人の高齢者も同じように素晴らしい人的資源であるということを理解してもらうためです。もし70歳で引退したい人がいたら、それはそうすればいい。誰も働き続けることを義務付けられるべきではありません。でも、まだ働きたいと思っている、クリエイティビティが絶頂期を迎えている人を無理に引退させるのは悲劇です。働き続けられるオプションがあるべきです。

 わたしは自分の仕事が大好きです。もし明日20億円が懐に入っても、大学で教鞭をとり、研究を続けると思います。この仕事を楽しんでいるからです。

 少子高齢化は世界的な傾向ですが、他の国は日本ほど心配していません。スペインやイタリア、シンガポールなど日本よりも出生率の低い国もです。なぜか。それは移民を受け入れているからです。

 すべての国が移民を受け入れるべきだとは思いません。移民を受け入れれば恩恵と同時に問題も出てきます。そのバランスをどうとるか、見つける必要があります。

 アメリカは移民の国です。すべてのアメリカ人は移民か移民の子孫と言っていいでしょう。ネイティブアメリカンの人々も1万3000年前に移住してきました。

 日本はその正反対で、移民が少なく、比較的同質な社会です。ですから移民を受け入れた場合、アメリカよりも多くの問題が起こるでしょう。それでも移民のメリットについても考えるべきです。

 病院にいくと日本に移民がいないことが何を意味するかわかります。わたしの親戚は日本の病院で2年前に亡くなりました。そのときに感じたのは、日本の病院は圧倒的に人手不足だということです。家族が患者のパジャマの洗濯もしていました。しかし、アメリカではヘルスケア・ワーカーの半分以上は移民が担っていて、病院で人手が足りないことはありません。

 わたしの父は97歳、母は92歳で亡くなりましたが、最終的には家で24時間、ケアができるようにしました。頼んだヘルスケア・ワーカーはフィリピンからの移民で、彼女たちは熟練したスキルで両親のケアをしてくれました。

 そして、移民には若さと野心があります。そうした存在は国に活力をもたらします。イノベーションの源と言ってもいいでしょう。それも移民のメリットです。

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女性を解放する

 ただ、そもそも移民について考える前に日本にはやるべきことがあります。女性についてです。

 日本の家庭は男女の役割分担の意識が強い。男性は外で働き、女性は家庭を守るという非効率的な労働分担が普通になっています。

 保育サービスが十分でないため、多くの女性は子どもの世話か仕事のどちらかを選択せざるをえません。よく言われますが、女性の社会進出については、スウェーデンやノルウェーなど北欧諸国がモデルになるでしょう。たとえば、北欧諸国の国会議員の女性比率は軒並み40%を超えています。日本の国会議員の女性比率は約10%。世界165位です。北欧では他の職場でも女性の比率が高い。政府があちこちに保育センターを用意しているからです。

 また、移民を受け入れれば、保育を彼らにまかせるという選択肢もあります。アメリカでは移民たちの保育サービスを受けて、女性が仕事に復帰するのは普通のことです。

 日本は経済的には先進国ですが、女性に関しては未だ後進国です。韓国以外のどの先進国も女性については日本より進んでいます。ただ、これは日本人に悪意があるということではありません。アメリカやヨーロッパとは違い、かつて日本の女性は従属的な役割を果たしていました。今もその名残があるので、女性を解放するのに労力が必要なのでしょう。

 しかし、ひとたび解放できれば、日本は質の高い労働力を難なく手にすることができます。素晴らしい教育システムのおかげで日本人の女性は教育レベルが非常に高い。本来、日本人女性は優秀な労働者です。人口の半分を占める教育レベルが高くて健康な女性が働ける環境を作れていないのが日本の問題なのです。

 仕事を望む高齢者や移民、女性を労働市場に迎え入れれば少子化、高齢化が進んでも、日本の経済力が大きく低下することはないはずです。

 しかし、日本の経済力は本当に落ちているのか。わたしは経済学者ではないので確かな答えは出せませんが、大局的に見てみましょう。

 日本は今でも世界第3位の経済大国です。1位と2位はアメリカと中国ですが、日本の人口は1億2600万人で中国は14億人弱、アメリカは約3億3000万人。日本の11倍、あるいは2.5倍もあります。景気が後退したといっても、それは「非常に裕福な国」から単に「成功した国」に変わったということです。悲観する必要はありません。

 多くの国で、市民は自国について悲観的なものです。もしあなたが日本は経済力を失い、世界で存在感を失いつつあると思っているのなら、それはアメリカやヨーロッパの人々の目に映る日本ではありません。われわれは日本が弱くなっているとはまったく思っていないのです。

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中国と韓国

 人口減少、高齢化、不景気などよりも大きな問題だと思うのは周辺諸国、韓国、中国との関係です。軽視している人が多いようですが、この関係が悪化することは日本に何のアドバンテージももたらしません。それどころか、長期的には大きなリスクになる可能性があります。

 中国の人口は13億を超え、韓国には訓練された軍隊があります。そして、中国と北朝鮮は核兵器を持っている。

 日本はアメリカによって守られているから関係が悪化しても大丈夫だという人もいます。しかし、国が防衛に関して他の国に依存することはいいアイデアではありません。

 わたしは1959年以来フィンランドを何度も訪問していますが、以前、フィンランドはなぜソ連に追従しているのか、なぜソ連をそれほど恐れるのか、と友人に聞いたことがあります。何かあってもアメリカがフィンランドを守るでしょう、と。しかし、これは愚かな質問でした。

 フィンランドは第2次世界大戦でもソ連に侵攻されました。ところが、同盟国であるアメリカは何もしてくれなかったのです。フィンランドは多大な犠牲を払って独立を守り抜きました。そこで学んだのです。フィンランドを守る唯一の人間は、自分たちフィンランド人である、ということを。

 フィンランド人はフィンランドが安全なのはロシアが自分たちを信用している間だけだということを理解しました。ソ連との関係を密にすると同時に武装化も進めました。攻撃するためではなく、自分たちを守るためです。そして、今もロシアと良好な関係を維持するためにかなりの努力をしています。それが国を守ることになるからです。

 では、日本が自国を守るベストな方法は何でしょう。武装化? いや、日本が武装化する前に、中国と韓国は恐怖を覚えて何か行動に出るかもしれません。中国や韓国にとって日本の武装化はセンシティブな問題です。個人的には日本は武装化しないことをおすすめします。

 自国を防衛する、よりよい方法はフィンランドのロシアに対する姿勢です。良好な関係を保つために真剣に取り組み、中国と韓国が日本を信用し、怖がらないように、絶えず話し合うことです。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

genre : ニュース 社会 読書