今年3月3日、私は日本中央競馬会(JRA)の規定により、70歳の定年を迎え、36年間の調教師人生に幕を降ろした。
1978年、開場されたばかりの美浦トレーニングセンターで調教助手となり、1990年には調教師として厩舎を開業。以来、馬主さんに多くのいい馬を任せてもらい、アパパネ、アーモンドアイという2頭の三冠牝馬をはじめ、1123個もの勝ち星に恵まれた。日本ダービーを勝つことは叶わなかったが、後悔は全くない。日本の競馬がどんどん強くなっていった時代に、馬づくりに携われたことはホースマンとして本当に幸せだった。

次のステップについて考え始めたのは昨年の秋ごろ。評論家のオファーなどもあったが、私はもっと馬の側にいたかった。そこで閃いたのが「補充員(ヘルパー)として厩務員になる」という道だ。
補充員とは、怪我などで調教助手や厩務員に欠員が出た厩舎に臨時で派遣される従業員のことで、まだ厩舎に正規雇用される前の若手もいれば、定年などでトレセンを離れたベテランもいる。近年はトレセンも人手不足に悩んでおり、補充員すら足りていない。
大学の馬術部にいた時は馬の手入れが大好きだったが、調教助手からキャリアをスタートしたため、私には厩務員として働いた経験がほぼない。というのも調教師は厩舎の経営者でもあるため、仕事は多岐にわたる。管理する馬たちと常に接しているわけにはいかない。実際に馬の面倒を見るのは担当のスタッフなのだ。
この年齢になって新たな挑戦ができることは、とても魅力的だったが、なにせ調教師から補充員への転身は前例がない。「補充員になってもいいか」と調教師会に尋ねた時も非常に驚かれたが、快くOKをもらえた。
4月から、70歳の新人厩務員を歓迎してくれたのは、小島茂之調教師。一回り下の58歳で、私がGⅠを勝つと、お祝いのお酒を贈ってくれたような義理固い性格の後輩だ。小島厩舎で働く厩務員は10人程度いるが、いい意味で特別扱いされない環境がありがたい。まだ「先生」と呼ばれることもあるけれど、あらゆることをみんなに訊いて回っているので、完全に生徒だ。担当するのは6歳のトクシーカイザーと、2歳のトゥザファイナルの2頭。それぞれ、“トクちゃん”“ジャンボ”という愛称で呼んでいる。
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