特別対談「俺たち花のロクイチ組!」

荒磯親方 元稀勢の里
エンタメ スポーツ
今年1月の大相撲初場所で、前頭の最下位に当たる「幕尻」での優勝(14勝1敗)を果たした徳勝龍。実は、元横綱・稀勢の里(荒磯親方)とは共に昭和61(1986)年生まれの33歳だ。同年度生まれは、元大関・豪栄道、妙義龍、勢、碧山ら関取に出世した力士が多く、角界では「花のロクイチ組」として知られる。昭和61年生まれ同士、角界秘話を語り合った。

花道で男泣き

 荒磯 初場所の千秋楽は、ラジオの解説の仕事があったから現場で見ていたけれど、あれほど大きな拍手が起きたことはない。トク(徳勝龍)の優勝が決まった瞬間、お客さんみんなが心の底から祝福している大歓声だった。最後に、ああして大関(貴景勝)を圧倒して勝ったのは大きかったね。

 徳勝龍 あれは一生忘れられないっす。上手を取っていたんで、何とか残すことができましたけど、ぎりぎりでした。寄り切る前に受けた強烈な突き落としに、大関の意地を感じましたね。勝ち名乗りを受けたときは、「やりきった、15日間しっかり終わった」という思いしかなかったです。

 荒磯 いやいや、そんな冷静じゃなかったよ。花道を通るときには男泣きに泣いてたでしょう(笑)。

 徳勝龍 少し、泣きすぎました。

 荒磯 でも、あのまま下位と戦って優勝するのとでは価値が違ってくるから。

 徳勝龍 そうっすね。あとから言われちゃいそうですもんね。

 荒磯 価値ある優勝だったと思う。俺はもう引退したから無理だけど、トクはこれからまだ優勝のチャンスがいくらでもあるはず。まだ33歳だからね。まだね。

 徳勝龍 みんなにそう言っていただくんですけどね。でも、自分も本当にそういう気持ちですね。「まだ」って感じはあります。

 荒磯 まだ33歳と思って、「同学年の希望の星」として頑張ってほしいよ。

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徳勝龍(左)と荒磯親方(右)

「ラーメン。麺抜きで」

 荒磯 ロクイチ組と呼ばれて注目されるのは嬉しいけど、あまり自分たちで意識したことはないね。

 徳勝龍 そうっすね。

 荒磯 俺は中卒で相撲界に入ったし、トクは大学4年生の時に木瀬部屋に入門した。当初はあまり接点もなかったし……。

 徳勝龍 僕が初土俵を踏んだ2009年初場所は、親方が関脇昇進を決めた場所でした。稀勢の里関といえば、遥か遠くの存在だったし、ロクイチ組の他の力士も、みんな自分より先に出世していました。気になるかと聞かれますが、「自分は自分」とあまり意識したことはないです。ただ、親方と初めてご一緒した日のことはよく覚えてますよ。

 荒磯 2012年の夏巡業で北海道に行ったとき、北太樹関(当時。現・小野川親方)と3人で飲みに行ったね。

 徳勝龍 当時、親方は大関で、自分はまだ十両。メチャクチャ緊張しました。

 荒磯 3人でしこたま飲んだ後、小野川親方に急用ができてしまい、最後は2人で〆のラーメンを食べにいった。

 徳勝龍 あのとき親方が普通に、「ラーメン。麺抜きで」って注文した時はビビりました(笑)。「グルテンフリー(小麦粉製品を摂らない食事法)」を試していたんですよね。

 荒磯 ははは、当時は俺もけっこうとんがってたからね。

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第72代横綱で幕内2回優勝

 徳勝龍 やっぱり、強い人はこだわりが違うなと。親方は麺の代わりにトッピングのもやしだけ入れてもらって、抜いた麺は僕の方に入れてくれと。僕は「大盛り」を注文していたので、文字通り、麺が「山盛り」で、さすがに食えるかなと焦りましたよ。

 荒磯 いや、軽く平らげてたじゃない。あの時のラーメンのスープ、ちょっと味が薄かったよね。

 徳勝龍 でしたね。

 荒磯 それから毎場所1、2回一緒に食事するのが恒例になった。トクは本当に元気がいいし、周りにも気を使えるし、すごく楽しくて。

 徳勝龍 巡業先でもよく食事をご一緒させてもらいました。ある時、僕が巡業を休んだ時があった。そしたら夜「飯、誰と食うんだよお!」とお叱りの連絡がきたこともありました。

 荒磯 そう。あれ以来、トクが巡業に出るか必ず事前に確認するようになったんだ。「巡業出るの?」「出ないの?」「出ないの?」「マジ出ないの?」って、何度も連絡をしたね(笑)。

 徳勝龍 たくさん、来ました。

 荒磯 俺は現役時代「左四つ」に組む相撲を得意としてたけど、トクも左四つ得意でしょ。

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荒磯親方

 徳勝龍 はい。それが?

 荒磯 俺が、基本的に馬が合う人って「左四つ」なんだよ。

 徳勝龍 ええっ。それって関係あるんですかね。

 荒磯 うん。これはけっこう信頼性の高い「角界あるある」だと思ってるんだけどね。

やっぱり初日は大事

 荒磯 でもどう、初場所前は普段よりも調子は良かった?

 徳勝龍 番付が一番下だから、もし負け越したらまた十両です。「絶対に勝ち越したい」と思って、自分なりに準備はしっかりできていたと思います。

 前回幕内にあがったとき(2019年5月場所)は、再入幕を果たしただけで満足してしまい、結局4勝11敗と大きく負け越して、また十両に落ちてしまった。これは情けないなと思い、そこからパーソナルトレーナーについてもらい、トレーニングをやってきました。

 荒磯 実際、場所が始まると、勝ち越しは当たり前という内容の相撲が続いた。特に後半にかけては一気に調子があがって、千秋楽は、初場所で一番の相撲内容だったと思う。

 徳勝龍 ありがとうございます。初場所は、まずは初日で勝てたのが良かったと思います。

 ここ最近は中日8日目ぐらいまでは悪くて、後半戦でガッと勝つ場所が多かったんですけど、やっぱり前半戦から勝てないと気持ちも乗ってこない。その意味で、「まず初日」とそれだけを考え、集中してきました。あそこを獲れたことで乗った部分もあるし、やっぱり初日は大事だと思いました。

 荒磯 そうね。俺も17年間、相撲を取ってきたけど、初日の相撲は最後まで慣れなかった。毎場所、毎場所違う独特の雰囲気があって。

 徳勝龍 横綱でもそうっすか。

 荒磯 そうだね。

突き落としとツッコミ

 荒磯 場所中は、親方衆で集まって取組を見ているんだけど、10日目に勝った時ぐらいから、「おいおい、徳勝龍行くんじゃない?」という声が上がり始めた。ただ、正代も調子が良くて1敗同士で並走していた。それもよかったね。

 徳勝龍 はい、単独トップは本当に嫌だなと思ってました。

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徳勝龍

 荒磯 俺も2016年の3月場所で初日から10連勝して単独トップに立ったんだけど、終盤連敗して優勝を逃したことがあった。同星で競い合う相手がいたほうが、いい緊張感を生むんだね。

 その正代と1敗同士の対戦になったのは14日目。あの一番に勝ったことで、優勝をグッと手繰り寄せたね。

 徳勝龍 今場所はずっと「自分は番付が一番下で、優勝なんか全然あり得ない、ただ思いっきりいって、もう負けたらしゃーない」と、それだけを思って相撲をしていたんです。正代戦も優勝なんて考えず、しっかり当たって前へ出るだけと思っていました。

 ただ、前の晩は寝る前にさすがに少しドキドキした。でも朝起きたら、もう普通だったので、よし、いけると思いました。取組の前に正代の顔を見たら、向こうの方が緊張してる、かたいなと。

 荒磯 それがわかったのは、余裕がある証拠だよね。

 徳勝龍 三賞もらうときに聞いたんすよ、正代に。「めっちゃ緊張してたでしょう」って。「顔やばかったよ」と言ったら、「やばかったっす。めっちゃ緊張しました」って。

 荒磯 正代とは、立ち合いバチーンと当たって上手をとり、最後は「突き落とし」。初場所は、14勝のうち6番の決まり手が突き落としだった。

 徳勝龍 よく神がかりの突き落としと言われましたけど、あれは狙ってはできないですからね。

 荒磯 そうね、俺も現役時代は「突き落としの名手」と言われたけど、完全に感覚の為せる技だね。「俺は今日、突き落としで勝つぞ」なんて思って土俵に上がったらあっさり負ける。相方がボケたら、自然に突っ込む、お笑いコンビのツッコミ役と同じです。タイミングとセンスを要求される技だから。

 徳勝龍 たしかに。考えていたらできないですからね。

 荒磯 しかし、それにしても正代戦の最後のトクの動きは相撲を越えていた。土俵際まで押されてから、体を左に逃がして、くるっと半回転ステップ。ダンスでもやっているのかと思った(笑)。

 徳勝龍 もう少しでコケそうだったからです。真後ろにそのまま倒れたら恥ずかしいと思って反射的にそうしただけなんで。

 荒磯 いや、いいステップだったな。「世界一動ける188キロ」だよ(笑)。

三役揃い踏みでの失敗

 荒磯 正代戦の頃になると朝、稽古場にも記者がたくさん来たでしょう。

 徳勝龍 はい、周りもずいぶん騒がしくなりました。あれだけの数の記者に囲まれたこと、今までなかったですね。「優勝を意識している」と必ず言わそうとするんです。こっちは逆に意地で、絶対に優勝の2文字は口にしませんでした。

 荒磯 でも、当の本人よりも周りがすごく優勝を意識しちゃうんだよね。裏でコソコソ準備したりね。

 徳勝龍 千秋楽の日、支度部屋の裏の方で、「誰が(パレードの)旗手やる?」とか、相談しているのが聞こえてきて(笑)。

 荒磯 優勝祝いの大鯛をどうするか、とかね。そういうプレッシャーはすごく感じたでしょ。

 徳勝龍 あれは嫌っすね。でも、ここまで14日間、いいペースで来た、いつも通りいつもの考え方でやろうと思うことができたので、結構落ち着いていられました。

 荒磯 そこは「無」に徹することができたわけか。さすが33歳。年の功だね。でも、初めての「三役揃い踏み」は、ちょっと堅くなってたかな?

 徳勝龍 正直言って、大事な一番の前に、やめてくれって思ってました(笑)。

 荒磯 千秋楽の最後の三番の取組前に「これより三役」と言って、東西それぞれの3力士が三役揃い踏みをやる。

 徳勝龍 僕は、巡業でもやったことがなくて、今回が初めてでした。土俵に入る順番もあらかじめ教えてもらってたんですけど、間違えて一番最初に入ってしまった。豪栄道関、竜電関と一緒でしたが、周りをきょろきょろ見ながらやったので、客席から笑いが起きていたのもわかりました。

 荒磯 でも、その後も集中は途切れなかったね。

 徳勝龍 はい。千秋楽結びの一番は初めてで、懸賞金も普段は「今日は何本ついてるな」とか見ますけど、もう早く行ってくれと思って。西の力士は、懸賞が行ってしまうまで、塩とれないですから。もう早く早くと。

 荒磯 いいね。「至福の待ち」で(笑)。

 徳勝龍 そうっすねえ。あれだけ待つこともこれまでなかったんで。でも立ち合いまでには「無」の状態に戻れて、もう要らん事は何も考えず、淡々とバッと飛び出すことができました。

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初場所で優勝。左上は妻の千恵さん

 荒磯 うーん、すごい。そういう雰囲気が相手も一番嫌だったと思う。やっぱりああいう場面は、考えないようにしようと思っても、どうしても考えてしまうものだから。

 徳勝龍 そこは、「もう33歳」の部分かもしれません。​

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source : 文藝春秋 2020年4月号

genre : エンタメ スポーツ