「胸触っていい?」「抱きしめていい?」これは、財務省幹部から、テレビ朝日の女性記者が言われた言葉だ。この記者と、自分を重ねた女性たちがいた。彼女たちは、「他人のセクハラを取材してきた『私たち』こそが、当事者だった!」と立ち上がった。
もう黙ることはしない――。こうして2018年春に発足したのが、メディアで働く女性たちの職能集団「WiMN(メディアで働く女性ネットワーク)」だ。現在の会員は100人を超え、新聞・通信、放送、出版、ネットメディアで活動している(フリーランス含む)。
今年2月、WiMNは『マスコミ・セクハラ白書』を出版。同書には、女性たちの決意の告発、社会時評、主要メディアのセクハラ対策調査などがつづられている。
『マスコミ・セクハラ白書』の編集委員を務めた共同通信記者の田村文さんが、WiMN結成から出版にいたるまでの経緯を振り返った。
違和感しかなかったテレ朝の発表
自分のことは書かない。私的な感情は交えない。そもそも「私」という主語を使う機会がほとんどない。長い間、そういう記事を執筆してきた。いわゆる客観報道だ。特に、メディアの世界で黒衣(くろご)となることが多い通信社の記者は、表に出ることが少ない。
でもこれは、自分のことを棚上げにして書くのは無理だと感じた。2018年春、当時の財務事務次官によるセクハラ事件が発覚した時のことだ。
最初に報じたのは「週刊新潮」。取材を受けた被害者の女性は、セクハラ発言を録音して「週刊新潮」に渡していた。テレビ朝日が記者会見し、被害者は自社の女性社員であること、何度か被害に遭った本人が自分の身を守るために加害者との会食におけるやりとりを録音したこと、女性社員はテレビ朝日で報じるべきだとして上司に相談したが、上司は二次被害の心配などを理由に「報道は難しい」と判断したことなどを説明した。その上で、女性記者の行為について次のように述べた。
「取材活動で得た情報を第三者に渡したことは、報道機関として不適切な行為で、遺憾」
違和感しかなかった。なぜ被害者である女性が責められなければならないのか。録音は「取材活動で得た情報」ではなく「セクハラ被害の証拠」とみるべきではないのか。音源の外部提供が不可だとしたら、自社が報じない場合、泣き寝入りするしかないのか。
他の大手メディアにも女性記者を批判する記事が載り、被害者バッシングが始まっていた。怒りが湧いた。怖いとも思った。彼女が私であってもおかしくないと思ったからだ。なんとか彼女の力になりたいと願った。
初めて書いた被害体験
共同通信と加盟新聞社のウェブサイト「47NEWS」にコラムを書いた。ネットコラムを選んだのは、感情を持ち、思考する「私」という主語を取り戻すためだ。見出しは「彼女は反省する必要などあるのか」。
「記者である私にも、似たような経験がある」「よくぞ絶望せずに、週刊誌に持ち込んでくれたと思う。おかげで真実が表に出た」「彼女は報道現場にある根深い問題を白日の下にさらしてくれた」。自分のセクハラ体験も多少書いた。初めてのことだった。
背景には「#MeToo」の動きがあった。元TBS記者による伊藤詩織さんへの性暴力事件のことも頭にあった。私の入社は1989年、セクハラという言葉が日本社会に広がった年だ。あれから30年、事態はほとんど変わっていないのではないか。もうたくさんだと思った。
同じような気持ちを持った人は少なくなかったようだ。メディアで働く女性たちの会を立ち上げるから参加しないかと声をかけられた。行ってみると、旧知の記者が何人かいた。新聞社、通信社、テレビ局、出版社、フリージャーナリスト…。「メディアで働く女性ネットワーク(WiMN)」という名前はすでに決まっていた。
参加を決めたが、匿名で活動するしかないと思った。こうした活動が社内外でどんな目で見られるか、想像に難くなかった。他のメンバーも大半が匿名で活動を始めた。
フリージャーナリストの林美子さんと松元千枝さんが代表世話人となり、18年5月15日に発足記者会見を開いた(現在は代表世話人を置いていない)。だが、私はこの会見に臨場していない。誰か知人に会って、メンバーであると知られるのを恐れた。
ダブルスタンダードを壊そう
18年11月末、WiMNの会員で文藝春秋の編集者をしている女性から、会として本を出せないかという相談のメールが届いた。
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