トランプバブル崩壊 株、債券、土地はこうなる

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世界は今、パンデミックとバブル崩壊という二重のショックに見舞われている。今回のコロナ・ショックは従来の金融危機とは性質が全く異なる複合的な社会・経済危機で深刻だ。この不況は1年や2年で終わらない。

「再燃ケース」が指摘されている

 米国は3月12、13日に欧州との往来をすべて止める措置を発表した。飛行機は飛ばず、航空会社は国際便の収入を断たれ、このままでは今年末までに手持ちの現金を失うとみられる。カジノは閉じ、ホテルも予約率は激減した。

 レストランはすべて閉鎖され、一部の店だけが「持ち帰り用」を売っている程度だ。マンハッタンだけで約40万人のレストラン従業員が失業するという。

 独立契約で働く個人営業の人々も追い込まれている。ウーバーの運転手は、感染して休んだ場合、2週間だけ手当が出るそうだ。だが、アマゾンの配達を請け負う契約運転手は、手当が出ない。彼らは今回議会が策定したコロナ関連救済法案により、通常は出ない失業手当の対象に入れられ、一時的にせよ、救済措置が取られた。

 私はニューヨークの隣、ニュージャージー州在住だ。ジムの会員権を3カ月停止し、愉しみにしていたギターの個人レッスンは無期中断。ギターの先生は世界各地でのライブ、結婚式、教育が収入源なのだが、どれもできずに困っている。

 近所の教会では、神父は告解を受け付けるそうだが、ミサは当面行われないことになった。セントパトリック・デー(3月17日)の催しは中止となり、4月12日の復活祭のミサもなくなった。

 3月21日に近所のコミュニティー・カレッジが感染検査場になり、稼働を開始したが、朝7時半の開業時間にはすでにその日に検査できる数の限界に達し、何マイルも並んだ検査希望者は検査を受けられずに帰宅を余儀なくされた。

 人の流れがほぼ完全に止まった。感染、失業、株価暴落による個人年金の消滅等によって、消費者心理も一気に冷え込んだ。人々は「目に見えない敵」を恐れ、一斉に「ひきこもり生活」に入った。

 私はこれまで投資銀行家として、医療や生命科学にかかわる先端企業の資金調達を仕事としてきた。また、一昨年まで東京大学医科学研究所所長のシニア・アドバイザーを3年半ほど務め、感染症研究部門の教授方と深く交流してきた。

 もちろん医学に関しては専門家ではないが、経済と医学の両方の世界を見てきた者として、この疫病がもたらす不況は相当長引くものと予想している。

 それは新型コロナウイルスが、①飛沫感染し、感染力が極めて強い、②患者が検査で陰性になっても再発する「再燃ケース」が指摘されている、③ワクチンはなく、楽観的に予想しても製造は1年半後とみられる――この3点をみるだけで、長期戦を覚悟せざるを得ないと判断するのに十分だからだ。

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神谷氏

米国企業に何が起きているか

 危機に陥っているのは消費だけではない。これから供給網(サプライチェーン)断絶の危機が本格化する。世界中に張り巡らされたサプライチェーンは寸断され、世界中の製造業の生産が落ち始めた。

 米国では、GM、フォードなどが販売低迷のうえに生産も滞り、米国内の全工場を止めた。リーマン・ショック当時の危機を彷彿とさせる存亡の危機を迎えている。

 中国からの商品供給に支障が出たアップルは、13日に全米の店舗を閉めると発表した。だが、社員を解雇せずにこうしたことができるのは、現金を潤沢に持つ一部のエリート企業だけだ。ボーイング社は138億ドルの銀行借入枠を全部引き出し、現金を積むことを表明し、さらに政府支援も要請している。

 2020年1-3月の米国経済成長率はマイナス10%程度、失業率は30%に向かうと予想されている。企業業績は急速に悪化し、格付けが落ちた社債がスムーズに借り換えできるのか不安が募る。

 ところで3月11日のニューヨーク株急落をもたらしたのは、直接的には原油価格暴落という、コロナウイルスとは別の要因だった。市場の先行きが暗いのは、原油価格の暴落が起きたことも大きい。

 サウジアラビアが値引きしてシェアを取りに来たため、年初には60ドル台だった原油価格は現在20ドルを割る水準だ。財政がひっ迫しているサウジの暴れん坊、ムハンマド皇太子はシェア拡大で米国産原油を圧倒し、一挙に現金を稼ごうと価格競争を仕掛けた。それが資本市場全体のバブルの泡に針を刺したのだ。

 石油メジャーのエクソン・モービルの株価でさえ、過去1年の高値80ドル強から40ドルを下回るところまで半減しているが、デボン・エナジーやオクシデンタル石油などのシェール業界の株価は軒並み8割も低下した。チェサピークというシェールのパイオニアは破産申請準備に入ったようだ。

 米国シェール・オイル生産の損益分岐点は50ドル程度。サウジやロシアよりはるかに高い。20ドル前後の価格が続くようなら、米国のシェール・オイル業界は壊滅的打撃を受ける。

次は不動産業界が危ない

 資金繰り問題は、コロナウイルスの蔓延が長引けば長引くほどさまざまな業界に広がっていく。

 まず危ないのは「ユニコーン企業」と持て囃されてきた企業群だろう。ソフトバンクグループの孫正義氏が投資しているウーバー、楽天の三木谷浩史氏が投資しているリフトなどの配車アプリ会社はユニコーン企業の代表格だ。ウーバーの株価は公開価格の3分の1に、リフトは8割低下した。

 他のユニコーン企業も苦しさは同様で、世界一の部屋数確保を目指していたホテル運営会社のオヨ、オフィス転貸業のウィーワーク、民泊斡旋のエアビーアンドビーなど、期待された株式公開はことごとく延期となり、新規の借り入れもままならない。もともと大赤字で走ってきたこれらの企業が一斉に存亡の危機を迎えた。孫さんが率先して巨額投機で煽ったユニコーン企業の「宴」は完全に終わったのだ。

 不動産業界のバブル崩壊はこれからが本番だ。地元のニュージャージー州バーゲン郡は、商業施設の面積当たりの売上が全米トップクラスで、大型モール(郊外型商業施設)もある。しかしGAP(衣料品)、ピア・ワン、ベッド&バス・ビヨンド(いずれも日用品販売)、フェアウェー・マーケット(食品スーパー)などはコロナウイルス・ショック以前から通販に押され、全国的な営業網縮小方針を打ち出していた。これまでどうにか閉店を逃れてきた、わが家の近くのこれらのチェーン店にも息切れするところが出てくるだろう。

 ホテル業界も苦しいのはこれから。カジノは閉鎖され、客室稼働率は2割以下に落ちた。米国のホテル業界は、全体で3000億ドル(約30兆円)の借り入れがある。借金返済の負担は重くのしかかる。

 さらに怖いのは、こうしたモールやホテルといった不動産に投資している不動産投資信託(REIT)だ。価格が軒並み年初の高値から半分に下がっている。配当に充てる現金確保は難しい。

 米国人の年金の半分以上は、自宅を含め、こういった不動産運用だ。地方銀行の運用も、不動産向けローンの占める割合が大きい。生き残るのは、健全な運用に努めてきた金融機関、年金運用会社だけだ。

リーマン後、借金漬けに

 不況になると「キャッシュ・イズ・キング」(現金こそ王様)という格言が思い起こされる。この苦境を乗り切れるのは内部留保が厚く、潤沢な現金を蓄えている企業だ。幸い日本の大企業は「株主還元が低い」と批判されても内部留保を厚くしてきたところが多かった。賢明な判断だった。

 世界の多くの企業はちがう。リーマン・ショック後、金融超緩和の波に乗り、借金しまくった。

 米国企業の借入れは、2009年3月末で5.8兆ドルだったのに、10年後の2019年には9.3兆ドルに膨らんだ。世界の借入残高は、過去最高の13.5兆ドルにも及ぶ(2019年12月)。

 借入れも良質のものと質の悪いものがある。安定した財政基盤を持たない米国企業が発行したジャンクボンド(格付けの低い債券)の4割が今後5年間に、また欧州企業の発行したジャンク一歩手前の社債(トリプルBクラス)の4割が2021年末までに償還期限を迎える。借金を返せなければ、端から倒産していくだけだ。これはコロナウイルスの蔓延が終わるまで続く。

新型コロナウイルスについて中国の専門家と共同記者会見するWHOのエイルワード氏
 

 レバノン、ナイジェリア、パキスタンなど財務基盤の弱い国の国債も同様の道を歩む。

 そもそもなぜ企業や人々は借金しまくったのか。

 それはリーマン・ショック後、米国の連邦準備銀行(FRB)、日銀はじめ世界の中央銀行がこぞって「バブル崩壊からの回復は次のバブルの形成で」という誤った金融政策を採用したからだ。

 公定歩合(政策金利)をとことん下げ、市場に資金がありあまっているのに、量的緩和策で市場に出回る株や債券をむやみに買い上げ、さらに市場にお金を溢れさせた。

中央銀行はお手上げ

 おかげで金利が低いから「借りなきゃ損」という気分が世界中に広がった。世界の借入れは2000年に世界のGDPの100%未満だったものが、リーマン・ショック当時で200%に膨らみ、さらに今では300%を超えるところまで来ている。

 企業は借金を膨らませて、買収と自社株買い戻しに使った。そのおかげで実体経済が2%程度しか成長しないのに株価は20%以上も上がった。この数字の差がバブルそのものだと理解していい。

 米国では、トランプ大統領が2017年に就任後、1兆ドルを上回る水準まで財政赤字を膨らませながら、さらに企業減税をして企業の税引き後利益を押し上げ、株価上昇を誘った。

 もっとも、今回のクラッシュで「トランプのバブル」(彼が「経済政策の成功」と誇ったもの)は、全部吹っ飛んで巨額の財政赤字だけが残った。3月25日に出された今後の救済策で財政赤字はさらに2兆ドル膨らむ。

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2兆ドルの救済策を用意

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source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : ビジネス 経済 マネー