最大の問題は、国民に不安が広がり、消費のあり方が不安を反映しつつあること。安倍政権の経済ブレーンでもある新浪氏が、日本企業の抱える「問題点」を指摘した。
完璧な判断など不可能
新型コロナの感染拡大が様々な問題を招いています。安倍晋三総理が外出やイベントの自粛を呼びかけるなど、日本は今、緊急事態に突入していると言っていいでしょう。2万4000円台だった株価も一時、1万6000円台まで大きく下がりました。
サントリーのビジネスにおいても、3月4月の歓送迎会シーズンは年末に次ぐ最需要期ですから、本当に大きな痛手です。特に“前出し”と言っていますが、すでに卸店さんに出荷してしまった商品は今後このような状況が続くと、その先で滞り、追加の注文が入りません。社員の働き方も制約を受け、社員の多くは自宅でのテレワークや時差出勤を余儀なくされています。
総理が要請した「一斉休校」については、確かに若干唐突で、説明不足との声が多かったと思います。しかし東京五輪・パラリンピックを控えていた中、早め早めに手を打たなければいけないのは、トップとして当然の判断でしょう。1日も早くコロナ危機を解決したいという総理の強い意思の表れだと思います。
新浪氏
リーダーというのは、基本的に何をやっても批判されてしまうもの。何事にもトレードオフ(何かを得れば何かを失う関係)はあるし、ジレンマがあります。私も社長歴は25年ほどになりますが、誰もが満足する完璧な判断など不可能です。
だから、大きな危機に直面した時は迷っている場合ではありません。豊富な経験で磨かれた現場感覚と倫理観をもとに、迅速な判断を直感的に下すことが最も重要なのです。目まぐるしく変わる情勢下では、問題が起きたら、その場その場で修正していくしかありません。
最大の問題はデフレ回帰
むしろ最大の問題は、国民の間に不安が広がり、消費の在り方がその不安を反映した形になりつつあるということではないでしょうか。
例えば食事という消費行動の一つを取り上げてみても、大きな変化が見られます。一つは一斉休校によって、お子さんがずっと自宅に居るため、親御さんが冷凍食品のように手軽に調理できる食べ物を求めるようになったこと。もう一つには経済の悪化が予想される中で、より安いものを買って、家で飲んだり食べたりする機会が増えてきたことです。このようにコンシューマービヘイビアー(消費者の行動)が明らかに変化しているのです。
その結果どうなるか。過去20年停滞していた経済がせっかくアベノミクスで上向いたのに、再びデフレ社会に逆回転しかねないのです。
長年日本経済を苦しめたデフレの大きな原因は、可処分所得が伸びないことでした。長期的に可処分所得が減ると少し良いものを買いたいという意欲は減退し、とにかく安くなるのを待とうとする。結果として常に価格は下がり、付加価値のあるイノベーションが阻害されてきました。そうした社会に戻してはいけません。
私は経済財政諮問会議の民間議員として、色々と批判は承知していましたが、最低賃金の5%引き上げを主張してきました。パートさんや非正規社員が増えていることを考えれば、最低賃金の引き上げこそ、可処分所得の拡大に貢献し、消費の活性化につながる「総雇用者所得の増加」に最も効果が大きい。総雇用者所得、すなわち、全ての労働者の賃金を足し上げた総賃金のパイが大きくなれば、緩やかにでもインフレは実現できるはずです。
つまり、このコロナ危機にあたって、政府が重きを置くべきは「総賃金のパイをいかに小さくしないか」ということ。様々な助成金制度を打ち出していますが、このままでは働く人の給料は大幅に減りかねない。まずは生活者を支える大胆な経済政策が求められています。それもコロナの終息時に上手く合わせていかなければ効果はないでしょう。今こそ、国が徹底的に支援するという安心感を示していくことが肝要です。
ただし、コロナ危機は3・11とは違います。あの時は派手なイベントを行うのは悪いことだという雰囲気が長く続きました。今回は、パンデミックが収束し、外出しても構わないとなれば、解放感から自然とお金を使うようになる。一方で現実問題として、東京五輪・パラリンピックを延期したように最悪のシナリオも想定し、早急に対応を検討しておくべきだと思います。
閑散とした繁華街・新橋
「半沢直樹」待望論
今回のコロナ危機を機に改めて考えなくてはいけないのは、日本企業の「生産性の低さ」です。賃下げがデフレを招くと申し上げましたが、賃上げを実現するとともに、生産性を上げていかなければなりません。
今の日本では、医療や介護、そして保育など特に公的なサービス部門の生産性が大変低い。安全面など一定の条件を設けながら、民間にできることは民間に任せ、技術革新により、生産性を上げていくべきです。経済財政諮問会議でも主張し続けていることですし、安倍総理もよくお分かりになっている。ところが既得権益団体の強い意向もあり、なかなか民間の参入が進んでいないのが実情です。
安倍首相
「生産性向上」という意味でもう一つ重要なのが、私は、中小企業だと思っています。大財閥が強い韓国などとは異なり、日本の場合、企業全体の99%以上が中小企業。中小企業こそが日本経済を支えているのです。有望な中小企業がより成長していくことが、日本の経済成長の礎となるのではないでしょうか。
ここでも大事なのは、最低賃金を思い切って引き上げること。経営者の危機感がさらに高まれば、生産性を高めようというインセンティブが働くはずです。よく「最低賃金を引き上げれば、中小企業が次々潰れてしまう」と反論されますが、業績が良くても、跡取りが居なくて、廃業を余儀なくされている経営者が多いのも現実。優れた中小企業に生き残ってもらう術を考えるほうが先ではないでしょうか。そのためには資金のみならず、人財支援も不可欠です。
地銀など地域の金融機関が、20代後半から30代、40代の活きの良い人財をまずは出向で中小企業に送り込んでいくことです。しかし現実には半沢直樹のように使命感に燃え、自ら道を切り拓く人財を銀行が結果的に評価しないから、ドラマ『半沢直樹』が存在するのですが(笑)。
中小企業のオーナーさんと話をしてみますと、皆さん、「出向元の銀行ばかり見ないで、自分たちを見てくれる人が来てくれたら良いな」という感覚は持っています。半沢直樹のような、やる気のある人財に来てもらえば、道は開ける。「海外にもマーケットはある」「自分たちのサービスにはこんな価値もある」「テレワークはこうやりましょう」と視野が広がっていきます。場合によっては、彼らが銀行からその企業に転職してもいいでしょう。
また、銀行に帰任後、現場の実態が十分に分かった人財として銀行経営に関わっていくのも一案です。銀行はフィンテック(金融とITの融合)の進展ゆえ店舗が閉鎖され、多くの優秀な人財が余剰化しています。銀行からの出向も、給料を銀行側の大幅な負担で中小企業に出向してもらっても、お互いメリットがあるのではないでしょうか。
こうした人財の活性化がどんどん起きてくると、結果的に日本経済は本当に目覚ましく変わるはずです。
黙っていたら負け
残念ながら、日本経済は“失われた20年”ゆえ、攻めるより、守ることが優先されてきました。しかし、グローバル時代において、そうしたスタイルはもう通用しません。
そのことは、14年に買収した米ビームとの経営統合でも痛感しました。日本企業はえてして、物事の決め方が非常に曖昧です。言いたいことは言わない、揉め事を避けようとする。でも、グローバル社会では黙っていたら負け。ここが、日本の1番の問題点と言えるでしょう。
実際、ビームを買った当初、統合作業はなかなかうまくいかず、苦労しました。それでもビームと共に仕事をする中で、サントリーの社員もずいぶん変わりました。積極的に「こうやろう」と対案を出すようになったし、それに対し、ビームの側も「こういうのはどうか?」と議論をするようになったのです。
ただ一方で、「When in Rome, do as the Romans do(郷に入れば郷に従え)」のことわざにもあるように、米国流が優れている面もあるし、「Do in JAPAN」、つまり、日本のやり方にも良いところがあります。
サントリーは生産と営業の“現場”を大切にしてきました。CEOは本社で数字を見るだけではなく、現場に行く。「飲用時品質」という考え方を掲げているように、時間をかけて開発した上質な商品を、お客様が飲んで「おいしい」と感じて頂く瞬間をトップ自ら体感することが重要です。
現場に行かなかったCEO
ところが、ビームは本社のあるシカゴと蒸溜所のあるケンタッキーとでは、本当に同じ会社か?と思うくらい、価値観に違いがありました。ケンタッキーはウイスキーづくりにこだわる職人たちの集まり。かたやシカゴ本社には、財務やマーケティングに長けたMBAホルダーが大勢居ますが、本社の人々はなかなか現場に行かないのです。
ビームのCEOも当初現場に行かなかった。それをサントリー流に変えてもらい、現場に行かせるようにしたし、「これがサントリーのやり方だ」と強く指導しました。本社が偉いのではなく、生産、マーケティング、営業などと「チームワークで何かを成し遂げる」という日本のやり方も植え付け、ビームはサントリーとなったのです。
一方、ビームにも「キャッシュの徹底的な管理」や「自分の考えを論理的に伝え、議論する風土」などサントリーが見習う点もあります。
大学院等で自らの教育に投資をし、実社会で実績も残せば、報酬に大きく反映される。その実績のもと、より高い報酬を求め別の会社に移っていく。ダメだったら、あっさりクビになる。それが米国の社会です。我々としても、良い人財を集めたいのですから、能力にマッチした報酬はしっかり払う。そこは「DO in the USA」でやっていくしかありません。
「Do in JAPAN」「DO in the USA」。根底にあり、双方を束ねるのは、創業者・鳥井信治郎から脈々と受け継がれる“サントリーイズム”。それぞれの違いをしっかり理解し、それぞれの良い点をアウフヘーベン(止揚)していくことが大事だと思います。
華僑の中でどう戦い抜くか
生産性や収益性へのこだわりも、ビームから学んだ点です。人数が少ない中で仕事を回すので、無駄なことをしません。朝は早朝に出勤、夕方5時には会社を出て、ジムにも行く。キャッシュを生み出すために、各々が自分の生産性を上げるプロフェッショナルです。
実際、ビームからは「サントリーはなぜこんなに粗利が低いビジネスをやっているのか」とずいぶん指摘を受けました。当初サントリー側では反発もありましたが、良く考えたらグローバル企業になっていくためには確かに低いと気付き、効率を上げて収益力を高めていきました。
とはいえ、まだまだ物足りません。サントリーの利益率はだいたい11〜12%ですが、2030年を目途にネスレやユニリーバなどのように、世界レベルの15%まで引き上げていきます。生産性が高いということは、社会になくてはならない、真似もされない商品を作っているということの裏返しですから。
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source : 文藝春秋 2020年5月号