「赤字1兆円」孫正義は生き残れるか

大西 康之 ジャーナリスト
ビジネス 経済 企業
今年2月の決算説明会。「私は冒険投資家だ」と高らかに宣言した孫正義氏。だが、“稀代の投資家”は、62歳で泥沼にはまっていた。ウィー、ウーバー、OYO……この窮地を切り抜けることができるのか?

2兆円規模で株価防衛

 4月13日、ソフトバンクグループ(SBG)は2020年3月期の営業利益が1兆3500億円の赤字になる見通しを発表した。実は、この巨額赤字が明らかになる1カ月ほど前から、孫正義会長兼社長は、ヘッジファンドの猛攻にさらされ、窮地に追い込まれていた。

 2月12日に5751円の年初来高値を記録したSBG株は、わずか1カ月後の3月19日には2687円と半値以下まで暴落した。ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)による相次ぐ投資の失敗が原因だが、「早晩、SBGは資金繰りに詰まる」と読んだヘッジファンドが、大量の空売りを仕掛けたためでもあった。

 孫氏は昨年来、投資の失敗を指摘されるたびに「SBGには20兆円を超える株主価値がある」と大見得を切ってきた。株主価値とは株式時価総額をベースにして、株式市場や評価機関が「仮に売るとしたらこの程度の価値がある」と算定した数字だ。実際に現金が手元にあるわけではなく、保有している中国ネット大手アリババ・グループの株などが「売れたら」の話である。

 しかし現実にそんな額の株を売ろうとすれば、たちまちアリババ株は大暴落をしてしまう。ヘッジファンドは「売れるはずがない」と読み、「売れるものなら売ってみろ」とSBG株暴落に張ったのだ。

 孫氏は受けて立った。株価暴落の4日後、アリババ株など4.5兆円分の資産を売却し、2兆円規模で自社株買いをする型破りの株価防衛策を発表した。「張り子の虎」だと思っていた保有株は、「本物の虎」かもしれない――孫氏の気迫に恐れをなしたヘッジファンドは這々の体で退散し、SBGの株価はたちまち4000円台まで回復した。

投資先が続々下落

〈マスク100万枚到着しました〉

〈医療用防護服も100万枚くらい入手出来るかもしれません!!〉

 3月末以降、孫氏は自らのツイッターに新型コロナウイルスに関する投稿を続けている。大阪府の吉村洋文知事をはじめとした自治体首長らの依頼を受け、医療物資の確保に奔走しているのだ。

 その一方で、「1兆円赤字」を公表した2日後の4月15日になると、こんな意味深な投稿をした。

〈嵐の前では臆病だと笑われるくらい守りに徹した方がいい。それが本当の勇気だと思う〉

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孫氏

 新型コロナの影響により、今後、倒産や失業、金融機関の貸し倒れなどさらなる「嵐」がやって来るのは間違いない。孫氏は「いまは守りの局面で、損失を計上しても仕方がない」とでも主張したかったのだろうか。

 今回、大赤字となった要因は、SVFが計上した1兆8000億円もの投資損失だった。SVFは、2017年に孫氏がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン王太子のファンドと組んで、10兆円もの資金を集めて立ち上げられた。「ユニコーン」と呼ばれる企業価値10億ドル超の未公開企業に投資する壮大なプロジェクトで、これまで合計88社に投資してきた。ところが、シェアオフィス大手ウィーワークや配車アプリ大手ウーバーなど、投資先企業の価値が次々と下落し、巨額の含み損を抱え込んだ。いずれも孫氏が自ら出資を決めた企業で、その責任は孫氏自身にあることは明らかだ。

 SVFは外部投資家が拠出する4兆円については、元本の7%を優先的に固定配当する仕組みになっている。つまり、外部投資家はSVFにどれだけ巨額の投資損失が出ようとも一定の配当が得られる一方、SVFからは、毎年、自動的に2800億円が流出してしまうということだ。

 そもそも、1兆円を超える赤字を計上すれば、普通の企業であれば、倒産してもおかしくない。ところが、孫氏はこうした期間損益(PL)をまったく気にしていないかのように振舞う。

 2月12日に開かれた2020年3月期第3四半期決算説明会のプレゼンでは奇妙な絵が示された。右から見ると耳の長いウサギ、左から見ると嘴の長いカモに見える「だまし絵」である。この絵を指差しながら、孫氏はこう語ってみせた。

「どちらから見るかによって見え方が変わりますが、いまのSBGは投資会社であり、事業会社ではありません。投資会社であるSBGという会社は営業利益ではなく、株主価値で評価するのが正しい。営業利益は忘れていい数字です」

 この時発表された第3四半期決算の営業利益は26億円。2兆円超の売上高からみれば、あってないような金額で話にならない。一方、保有株式価値は31兆円。ここから6兆円の純有利子負債を引いた株主価値は25兆円。これでわが社を評価してほしい、というのである。

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「25兆円の株主価値」を強調

私は「冒険投資家」です

 本来、企業にとって営業利益は本業のもうけを示す最も大切な数字であり、事業会社としての「稼ぐ力」そのものだ。一方で、株主価値は市場の「評価」を反映するもので、「絵に描いた餅」ともいえる。孫氏は詭弁を弄しているのではないか。筆者は質疑の場で、真意を尋ねた。

「この記者会見は事業会社のソフトバンクやヤフーの社員も見ています。『営業利益は忘れていい』と言ってしまっては、営業利益を稼ぐために日々、汗を流している彼らの立つ瀬がないのではありませんか」

 孫氏は、待ってましたとばかりに、こう答えた。

「私は事業会社を否定しているわけではない。私もSBGが持ち株会社になる前は、事業会社の社長として、売上高や営業利益を毎日、気にしてきました。しかしいまのSBGは投資会社です。営業利益ではなく株主価値で評価していただきたい」

 そしてこう付け加えた。

「事業会社は立派で、投資会社は怪しげだ、というのではウォーレンの立つ瀬がない」

 ウォーレンとは、米投資会社バークシャー・ハサウェイのオーナー、ウォーレン・バフェットのことである。ネブラスカ州オマハに暮らし、40年以上にわたり年率20%を超える投資収益を上げてきた。「オマハの賢人」の異名を持つ投資家だ。投機家と一緒くたにされ、過小評価されがちな日本と違い、米国では、バフェットのような投資家が事業家と同等、あるいはそれ以上に尊敬される。つまり、孫氏は投資家になったということか。

「では、これからは孫さんのことを事業家ではなく投資家と呼んでいいですか」

 孫氏はこう答えた。

「私は『情報革命家』です。それではわかりにくいというのなら、投資家でもいいのかもしれない。そうだ。先だって台湾に行った時、台湾の新聞が『日本の冒険投資家がやってきた』と書いていました。私はウォーレンのような『賢い投資家』ではありませんが、『冒険投資家』ですね」

 そして、SBGが一体となって発展を目指す「群戦略」に触れ、独特の言い回しでこう語った。

「オーケストラで実際に音を出すのはそれぞれの演奏者です。しかしオーケストラはそれを束ねる指揮者がいないと成り立ちません。SBGは指揮者の役割を果たしています。一人ひとりの演奏者を尊敬しつつ、100社、200社、300社を束ねた群戦略で情報革命を推し進めているのです。私も子供の頃は指揮者の役割が理解できませんでしたが、大人になったいまはその尊さをかみしめています」

 自らの言葉ではっきりと語った「投資家宣言」だった。

「事業家」は見果てぬ夢か

 孫氏は稀代の「投資家」であることは間違いないが、「事業家」としてゼロから立ち上げたビジネスは数少ない。ソフトウエアの卸売や2001年に始めたADSL(非対称デジタル加入者線)サービスなど、数える程度だ。

 アジア各国のグリッド(送電網)を結び、再生可能エネルギーを巨大な送電網で共有する「アジアスーパーグリッド構想」や、トヨタ自動車と提携して次世代自動車事業にも手を出したが、いずれも高らかに宣言したものの、その後どうなったか結果が見えてこない。孫氏は、「真の事業家になることが夢だ」と繰り返してきたが、それは見果てぬ夢に思われた。

 一方、投資家としては大成功を収めてきた。2000年に20億円を出資したアリババは、いまや時価総額が約61兆円(4月22日時点)の怪物企業になり、SBGの持分は18兆円に膨れ上がった。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : ビジネス 経済 企業