「ワクチン開発のためなら、数千億円を無駄にしても構わない」とビル・ゲイツ氏は語る。ワクチンこそがパンデミックに打ち勝つ唯一の方法だと強く主張する彼が描く、コロナ収束へのロードマップとは。
ビル・ゲイツ氏
人々の本能はどうしようもない
コロナウイルスのパンデミックについて将来、歴史家が本を書くとすれば、現時点までの出来事は始まりから3分の1程度を占めるにすぎないだろう。パンデミックの主たる出来事は、これから起こるのだ。
4月末までに、ヨーロッパ、東アジア、北米の大半の地域では、パンデミックのピークを越すだろう。そして多くの人は、昨年12月に過ごしていたような生活が数週間後に戻ってくることを期待するだろう。
だが、残念ながら、事態はそれほど甘くはない。
人類は、このパンデミックに打ち勝つと私は信じている。
しかしそれは、人口の大半が予防接種を受けることができてからの話だ。
それまで日常生活は戻らない。屋内退避指示を政府が解除し、ビジネスが再開を果たしたとしても、ウイルスを避けたいという人々の本能はどうしようもない。
飛行場から人混みは消える。スポーツの試合は観客のいないスタジアムで行われる。そして需要が低迷し人々の消費が抑制されることで、世界経済は押し下げられる。
先進国においてパンデミックが減速し始めても、新興国では加速する。しかも新興国においては、パンデミックの影響はより深刻なものとなるだろう。
貧しい国々にもワクチンを
貧しい国々では、リモート・ワークできる職業は先進国より限られているため、「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」は機能しづらい。ウイルスの拡大に医療システムが対応しきれない可能性も高い。
コロナウイルスは、ニューヨークといった大都市を圧倒した。ところが、データをみれば、ニューヨークの一病院に備わっているICUベッド数だけでもアフリカの大半の国のそれより多い。何百万人もの命が脅かされる可能性があるのだ。
裕福な国々が貢献する方法としては、例えば重要な医療品が、最高価格で購入できる者のみならず、お金のない新興国にも行き渡るようにすることなどが考えられる。いずれにせよ、裕福な国の人々も、貧しい国の人々も、ウイルスに効く治療薬、すなわちワクチンができるまでは安全ではない。
本稿は、英『エコノミスト』誌2020年4月23日号の特集「コロナ後の世界」に掲載されたビル・ゲイツ氏の論稿"Bill Gates on how to fight future pandemics"の全文の邦訳である。
氏は、新型感染症のリスクについて長年、警鐘を鳴らしてきた。
「もし今後数十年で1000万人以上が死ぬことがあるとすれば、最も可能性が高いのは戦争ではなく感染力の非常に高いウイルスだろう」
「仮にスペイン風邪のような感染爆発が起こった場合、今は医療が進んでいるからそれほど深刻にならないと思うかもしれないが、世界が密接に結びついた現代だからこそ、世界中の大都市に瞬く間に感染が拡がる」
まさに今日のような事態を“予言”していたのだ。
氏が創設したビル&メリンダ・ゲイツ財団は、20年以上にわたり、様々な感染症対策に取り組み、そこで知名度、資金力、科学的知見を培ってきたが、そのすべての力を新型コロナ対策に投じると表明している。その目的は、「検査の拡充」「接触者追跡」「治療薬の開発」だが、なかでも力を注いでいるのは、「ワクチン開発」だ。
ここから1年間、医療研究者は、世界で最も重要な役割を果たすことになる。幸いにも、今回のパンデミックが起こる前から、こうした研究者らは、ワクチン研究の領域で大きな成果を出してきた。
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source : 文藝春秋 2020年7月号