何を食べるか、ということにとらわれないで、自由に考えて、今あるものを食べる。なかったらないで食べなくてもいい、くらい気楽に考えればいい。「一汁一菜」こそ日本人の生活スタイルに根ざした「武器」だ。
大変なときに見えてくるもの
土井 コウさんとこうしてちゃんとお話しするのは初めてですね。飛行場で1回、お会いしたかな。
コウ あとはNHKの番組で一度、ご一緒させていただきました。
土井 ああ、そうやった。
コウ 今回はズームでお話しさせていただいていますが、コロナが流行り始めてから生活のあらゆることが変わってしまいました。今、周りのお母さんたちからよく聞くのが「毎日のご飯が大変だ」と言う声なんです。子供は休校、夫は在宅勤務、自分も在宅で仕事があるのに、家族のために1日3回ご飯を作らなくちゃいけなくてつらい、と。
コウケンテツ氏
土井 コウさんとこはどうしてるの?
コウ うちは子供が3人いて、僕もけっこうご飯作っているんですが、恥を忍んで言わせていただくと、これはちょっと無理だな……と。料理を生業にしている自分でも、仕事をしながらひとりで3食きっちり作るのはしんどいです。土井先生はツイッターで「今を良き機会と捉えて、日本中全員が、ご飯炊けて、お味噌汁つくれるようになったらいいなあ、と思う」とつぶやかれていましたね。
土井 今、コロナで大変だけど、こういうときだからこそ見えてくるものもあると思うんです。子供たちが近所で遊んでいたり、家族が散歩していたり、夕焼けがずいぶんきれいだったり、ちょっと懐かしいというか、いい面もある。コロナが収束したときに、つらかった、だけじゃなくて、何かいいものを残す機会になればいいなと思ったんですね。
コウ たしかに、コロナじゃなかったら、みんなこんなに家の食事のことを考えなかったかもしれないですね。
土井 食事って何? とか考えるようなチャンスって普通ないんですよ。だから人間を人間たらしめている食事をみんなが考えるきっかけになったらいいなと思います。
土井善晴氏
一汁一菜でじゅうぶん
コウ いざ、働きながら1日3食きっちり作らなくちゃいけないとなったときに、多くのお母さんたちの支えのひとつになったのが土井先生が書かれた『一汁一菜でよいという提案』だと思うんです。
土井 ありがとうございます。一汁三菜だとか、1日30品目が理想だとか言われてきたけど、本当にそれが必要か? と。まずご飯炊いて、お味噌汁作って、あとは自分の食べたいもの、季節のものがちょっとあればええんちゃうの、ということなんです。
コウ 日本の食卓は素晴らしいのですが、問題なのは、料理を担当している、主にお母さんたちの自己犠牲。自分のことよりも家族という思いは大事だと思うんですけど、すべてがその土台の上に成り立っているのがつらいな、という気がしています。
土井 「一汁一菜」は別に特別な考え方じゃなくて、日本の伝統的な食事なんですよ。ちゃんこ鍋ってあるでしょう? お相撲さんはご飯とちゃんこを毎日食べますけど、あれは鍋じゃなくて超具沢山の味噌汁なんです。それでじゅうぶん。新弟子になった男の子でもすぐにでもちゃんこ番できるのだから難しいことじゃない。それをみんなにわかってほしくてあの本を書いたんです。
コウ たしかにご飯と味噌汁ならハードル高くないですよね。
土井 男の人はもちろん、子供でも小学校高学年くらいになったらできるでしょう。そうすると、共働きの家庭なんかでも、「ちょっとお母さん、今日は遅くなるから自分で食べてくれる?」とか「お母さん今日は友達とご飯食べて帰るから」とか言えるようになる。
親子で料理するコウケンテツ氏
コウ 僕は以前、「手作りの料理が子供の未来を育む」という内容の講演活動を行なっていました。自分がインスタントも冷凍食品も一切ない母の手料理で育ってきたので、そう信じていたんです。
土井 それは素晴らしいです。
コウ うちは両親ともに料理が大好きで、季節の移り変わりは母の弁当から学びました。菜の花が入っていると、ああ、春が来たな、とか。でもある時、今の時代に仕事をしながらこういうことを毎日続けるのは本当に難しいことに気づきました。僕が「お出汁取るなんて簡単じゃないですか。朝から取りましょうよ」と言うことで逆に追い込まれて料理から遠ざかってしまう人がきっとたくさんいる。その方が怖いな、と思ったんです。家庭料理のハードルが上がれば上がるほど、作らない人が増えてしまう。今はむしろ、「ちょっとしんどいときは頑張って料理しなくてもいいんじゃない」という選択肢も必要かなと思っています。
土井 無理はしないほうがいい。どういう食事をするかというのは、人それぞれ。でも、一汁一菜というのは日本人の生活スタイルに根差した武器ですから、これを知っていたらずいぶんと楽になります。
1日3食、一汁三菜は、戦後、暮らしが豊かになるまで庶民はしていません。朝から旅館で出てくるような、ちゃんと焼き魚も卵もついた献立、昼は丼ものに汁物、夜はメインディッシュに魚か肉が必要とか考えなくていい。シンプルに、簡単に、でいいんです。何か塩気が欲しければ、漬物や佃煮、味噌を添えるだけだっていい。
だいたい、1日3食ちゃんとなんて、コウさんはまだ若いから大丈夫かもわからんけど、私らもういりません(笑)。最近コロナのせいで外に出ないし1日2食でじゅうぶんです。それこそ1食にしっかりしたおかずがあれば、もう1食は、冷ご飯に梅干しとお味噌汁でいいわ、と、そんな感じ。
パスタに味噌汁、ご飯に牛乳
コウ 日本の食事って、栄養バランスを考えて、毎日飽きないようにいろいろなおかずを並べますけど、海外はもっと気楽なんですよね。僕はテレビのロケで海外の家庭によくお邪魔するんですが、一汁一菜じゃないですけど、食事が驚くほど質素で毎日同じようなものを食べていることが多いんです。ヨーロッパだと、サーモンと付け合わせのじゃがいもがどーんと出てきたり。「栄養バランスとか気になりませんか?」って聞くと、お母さんは、「気にならないわよ。じゃああなたが作ってくれるの? 楽しく食べてるから、それでいいのよ」って。家族の納得感というか、家族のスタイルに合っていたらOKなんですよね。きちんと料理していないということに対して罪悪感を持つ必要なんて全くない。
海外の家庭料理の様子(ポルトガルの首都リスボンにて)
土井 日本人って結構、固定観念というか、手かせ足かせというか、食べるということにタガをはめられている。まずはそのタガを外すこと。何を食べるか、ということにとらわれないで、自由に考えて、今あるもんを食べるいうこと。なかったらないで食べんでもいい、いうくらい、気楽に考えてもらいたい。
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source : 文藝春秋 2020年7月号