「持続化給付金」の事業は、得体の知れない社団法人に丸投げされた。電通との癒着など、現在、槍玉に挙げられているのは中小企業庁の前田長官。だが、前田長官はスケープゴートに過ぎない。この中抜きシステムを作ったのは、誰だ?
森氏
20億円を中抜き
政府の持続化給付金に対する事業者の怒りが収まらない。名称通り、中小零細企業や個人事業主がコロナ禍に事業を続けられるようにする支援策だ。前年から売上げの半減した個人事業主に最大100万円、企業向けに最大200万円を給付する。
政府はそのため2兆3176億円を2020年度の第1次補正予算で計上。第2弾としてこれまで対象外だった今年創業の会社等へも支援を拡大し、1兆9400億円の予算を積み増した。4兆円を超える大盤振る舞いへの期待は高い。
ところが、5月1日に申請の受付けを始めた肝心の現金が、ひと月経っても届かない。そこから騒動に火がつき、わかりにくい事業そのものの仕組みに対する不評を買った。
そんな折に飛びだしたのが、持続化給付金事業の受け皿となった「サービスデザイン推進協議会」(以下サービス協議会)なる一般社団法人の存在だ。持続化給付金を配る経済産業省の外局である中小企業庁が、その事務手続きを得体の知れない社団法人に任せている。表向きコンサルティング会社「デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー」と2社で争う競争入札の形をとり、サービス協議会が事務作業の費用として769億円で事業を受託した。だが、受注の経緯がいかにも胡散臭い。デロイト社は単なるアテ馬ではないかと疑念を呼んだ。
4兆円を超える給付事業の受け皿となったサービス協議会には、広告代理店の電通、人材派遣業のパソナ、コールセンターのトランスコスモスの重役が代表理事に名を連ねている。実態は電通が設立したと言っていい。オフィスには常勤社員も見あたらない。おまけに委託額の769億円の97%にあたる749億円を電通に再委託する丸投げぶりだ。事業はそこからパソナなどに再々委託されている。
つまり実体のない法人が給付事業の受注額から20億円を中抜きしているのだ。まるで公共事業を丸投げするトンネル会社のシステムではないか。普通に考えればそうなる。そこでやり玉にあげられたのが、経産官僚の前田泰宏(56)である。
安倍政権では、首相や官房長官の側近である官邸官僚が絶大な権勢を振るってきた。その親玉が首相の政務秘書官と補佐官を兼務する今井尚哉(61)なのは、誰もが認めるところだ。経産省出身の今井は、産業政策局長の新原浩朗(60)や首相事務秘書官の佐伯耕三(45)といった後輩官僚たちを従え、自らの政策を実現する。経産内閣と呼ばれて久しい安倍政権は、いまや経産省出身の官邸官僚が操る傀儡内閣とまで揶揄されるほどだ。
官邸の親玉・今井補佐官
経産幹部の意外な感想
そんな官邸官僚たちの独断専行は、昨今のコロナ対策でもますます顕著になっている。唐突な小中高全国一斉休校にはじまり、ようやく国民に行きわたったアベノマスク、所帯単位への30万円から全国民10万円に切り替わった給付金……。今井・新原・佐伯という経産出身の官邸官僚ラインが指令し、霞が関の官僚を動かしてきた。が、彼らの政策は外してばかりだ。
トンネル会社を使った持続化給付金事業もまた、その典型といえる。「経産の官邸官僚による新たな失政か」とばかりに、野党やマスコミが囃し立ててきた。批判を要約すると次のような塩梅だ。
「持続化給付金事業を受注した“幽霊法人”の背後には、中小企業庁長官の前田と電通の癒着がある」
「サービス協議会の業務執行理事である元電通の平川健司は、3年前に前田が企画した米国研修ツアーに参加するほどの間柄」
前田は米テキサス州で開かれる「サウス・バイ・サウス・ウエスト」(S×SW)のイベント視察に出張した際、「前田ハウス」と称した宿舎でパーティーを開いた。その前田と元電通の平川の関係について6月11日の参院予算委員会で前田自身が答弁に立った。
「ホテルの外にあるコーヒーのバーみたいなところで(平川と)お話しした記憶がある。それからパーティーの席でも、一度だと思うが、参加されたのではないか」
前田が立憲民主党副代表の蓮舫の質問に答えると、蓮舫が歯切れよく責め立てた。
「たまたま平川さんと、ホテルのコーヒーバーで会って、たまたまパーティーで会って、偶然だという説明に、国民は納得しますか」
実際、政府がコロナ禍のドサクサに紛れ、血税を使って電通に儲けさせている構図がうかがえる。だが、その実、よくよく騒動を振り返ると、どうも様子が異なるのだ。経産省のある幹部は次のような意外な感想を漏らした。
「報道や国会を見ていて、『あれ、前田さんはいつから電通と近くなったのかな』と不思議に感じました。彼は電通と激しく対立してきましたし、それどころか安倍政権とはそりが合わない。だから妙なんです」
中小企業庁の前田長官
学生時代に漫才コンビ
前田自身は資源エネルギー庁にいたこともある。省内でエネルギー畑を歩んできた今井の後輩官僚にあたり、いっしょに仕事をしてきた時期もある。経産官僚がこう続ける。
「前田さんは省内でずっと大言壮語していましたが、今井さんは指示を確実に実行する新原タイプが好みで、反論すると嫌がるから、あまりいい関係ではないでしょう。前田さんは村田(成二元事務次官)に気に入られていて、最近は安藤(久佳現事務次官)の覚えがめでたい。テキサスの出張も前田さんらしい、と思いますが、国会会期中に部下を連れて訪米ができるのは安藤さんが認めているから」
経産トップの安藤次官
前田は経産省内で異端、異能と呼ばれてきた。親分肌の前田を慕う前田チルドレンのような後輩官僚が大勢いるが、いわゆる官邸官僚ではなく、その対極に位置するという。
兵庫県出身の前田はイベント好きで知られる。関西弁で話し、東大時代には「浪速お達者クラブ」という同好会を立ち上げ、地方のイベントを企画してきた。友人の1人が話す。
「入省試験でも、学生時代のイベント体験が受けたそうです。東大時代には関西出身の友人と漫才コンビを組んでいたとか。相方はテレビ局に入り、偉くなっているそうです」
軽いノリのタイプらしい。それもあってか、経産OBの古賀茂明の前田に対する評価はあまり高くない。
「安倍政権では規制緩和をやる気がなく、経産省は仕事がありません。だけど規制緩和を進める先進的な役所のイメージを保たなければならない。前田君を見ていると、自分を大きく見せるのは得意だけど、本当に勝負できる人間ではない気がします。前田ハウスなんかもそう。前田君は面白い人間で非常に目端がきいている。S×SWは星の数ほどある米国のイベント中でも最先端のビジネスカンファレンスの1つです。次官の安藤君は慎重派タイプで、自分にないものを補ってくれるから前田君を重宝しているんじゃないかな」
「スケープゴート」
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source : 文藝春秋 2020年8月号