確かにコロナで損はしました。でもそれで社員の意識がガラッと変わるんだったら、投資としては安かったかもしれないと話しているくらいです。
杉江氏
客足は減って客単価が増えた
三越伊勢丹の首都圏6店舗は、5月30日、52日ぶりに営業を再開しました。新型コロナウイルスに対する、東京都など7都府県に緊急事態宣言が発令された4月7日の翌日から休業に入って、2カ月弱。朝から三越日本橋本店、そして三越銀座店、三越恵比寿店、伊勢丹新宿本店、伊勢丹浦和店、伊勢丹立川店と、全てのお店を回りました。日本橋では、朝の開店の際に、玄関でお客さまをお迎えしましたが、やはり心に来るものがありましたね。
おかげさまで、再開後の1カ月は、想像以上に売上が伸びています。休業期間中は、店舗を再開しても、売上は前年に対して3割ぐらい減るだろうと覚悟していました。
三越伊勢丹ホールディングス全体の売上で見ると、外国人、特に中国人が占めるインバウンドの割合は約7%です。この部分は、各国政府の渡航制限解除の行方次第ですが、まだまだ戻って来ないと想定しています。そして、日本人のお客さまの売上も20%ほど減ると考えていました。しかし、お店によっては、ほぼ前年並みまで戻っています。
入店客数はこれまでの半分ほどに減っています。客足ではなく、お客さまの単価が上がっているのです。
初めに売上が上がったのは、食品と化粧品でした。食品はスーパーやコンビニにないものが食べたいという気持ちがあったのかもしれません。化粧品は自粛期間中に買うことができなかったからでしょう。次は、リビングアイテムです。家にいる時間が長くなり、いろいろ整理する中で「これが欲しい」というものが出てきたのだと思います。びっくりしたのは、宝飾時計などラグジュアリー系のブランドの売上が良いこと。お得意さまが再開業を祝して高級品をお求めくださったり、1000万円級の宝石が売れたりしています。
もちろん、自粛期間の反動ニーズもあるので、一概に安心はできません。しかし、われわれのお客さまが戻ってきてくださったことには、本当に感謝しかありません。
再開後の売上は想像以上
ECも思い切って閉めた
1月に武漢で感染者が報告されたころから、パンデミックに備えた準備を進めていました。2003年のSARS以降、いつかまたパンデミックが起こることをわれわれは想定していたからです。しかし、今回の規模感は想定外でした。2003年当時は来日する外国人は500万人ぐらいでした。去年の来日者数はおよそ3200万人。それだけ人の行き来があるとやはり感染は拡大します。いよいよまずいぞ、と思い始めたのは感染者が国内で増え始めた3月頃。緊急事態宣言が出たら休むしかないと覚悟していました。そして、4月7日に宣言が出て、速やかに休業に入りました。当初は1カ月くらいで収束するのでは、と思っていたのですが、感染者数拡大の状況を見て長期戦も覚悟しました。
休業に入るにあたって、一番考えるべきことは、従業員の安心安全です。お客さまの安心安全は店舗を閉めてしまえば担保できます。しかし、私たちは小売業ですから、再開したときに従業員自身が安心感を持って接客しないと売上は上がってきません。休業期間中は、役員と主要ポストメンバーで、従業員の安心安全について、連日議論をしました。
その結果、サーモグラフィーを店舗で約80台、後方施設も合わせて約100台購入し、全国の店舗の入り口に据え付けることにしました。また、開業時に従業員に配布するマスクの手配なども行いました。その経費は総額10億円以上です。どの商業施設もそこまでやっていませんが、三越伊勢丹だけは徹底的にやると決め、準備を2カ月間行いました。
同業では、5月半ばから店舗を開けていたところもあります。しかし、三越伊勢丹は緊急事態宣言中は人を動かさないという判断は変えませんでした。特に百貨店は、電車に乗り遠方から出社する従業員も多い。開店準備も、緊急事態宣言が終わってから行うことにしました。そのため、宣言が解除された5日後の30日に、営業再開となりました。
また、店舗を閉めたと同時に、化粧品等の一部をのぞき、EC(WEB通販)サイトも閉じました。百貨店のECは、物流倉庫ではなく、多くは店頭にある商品を出荷しています。ですから、ECを開けると従業員を出勤させなくてはなりません。外出自粛期間中、ECは売れると分かっていますし、社内でも侃々諤々の議論がありましたが、思い切りよく決断しました。そして、状況が少し改善した5月7日、出勤者を一部増やして、ECの再開をしました。
店舗再開後、従業員に向けて杉江社長が自筆でメッセージを書いた
111億円の赤字
5月11日、2019年度の3月期決算を発表しました。結果は、最終損益111億円の赤字です。2期ぶりに最終赤字に転落しました。
コロナの影響で数字が悪くなるとは思っていましたが、これほどとは思っていませんでした。赤字がここまで大きくなった要因は3つあります。1つ目は、三越恵比寿店等の閉店を決定した店舗の損失です。2つ目は、コロナの影響による減損計上が発生したこと。3つ目は、4月からの休業が影響し、繰延税金資産の取崩しをすることになったためです。2、3点目は想定外でした。しかし、これはコロナがあったから仕方がないではなく、もっと稼いでおかなければいけなかった、ということだと思っています。
たとえ、コロナが収束したとしても、消費がV字回復することは難しいでしょう。最悪の想定よりはお客さまの単価は上がっていますが、しばらくはインバウンドの売上が戻ってくることは考えにくい。
商品の供給過程である、サプライチェーンがズタズタになってしまったのも厳しい。衣料品では、秋冬物が手配できない状況です。イタリアやフランス、東南アジアや中国の工場の本格稼働までには時間がかかります。ラグジュアリー系ブランドの新作バッグなどを扱えないとなると、秋冬商戦は甘くない。
また、国内の景気も厳しい。これだけ経済が痛んでいるので、日本中の企業で夏や冬の賞与、業界によっては本給も削減せざるを得ないところが出てくる。消費マインドはすぐには戻ってこないでしょう。
コロナが収束することを前提としても、来年の春夏商戦にようやく商品が揃い、来年の夏にオリンピックが開催できたら、それをきっかけに消費が戻るというのが、一番楽観的なシナリオです。すべてがうまくいったとしても、今から1年ぐらいは我慢の時間が続きます。
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source : 文藝春秋 2020年8月号