競技者は荒々しくあれ

巻頭随筆

エンタメ 社会 スポーツ
為末大(巻頭随筆)
 
為末氏

 新型コロナの影響で、あれよあれよという間にオリンピックが延期になり、インターハイが甲子園が中止になった。もと競技者として想像しただけでも辛いが、この試合の延期や中止は、アスリートにとってどんな影響があるのか。

 ピーキングという技術がある。勝負の試合の日に自分の体や心をピークの状態に持っていく技術のことだ。プロ野球やサッカーなどのリーグ戦は、どちらかというと常に体を良い状態に保つことを重視するが、オリンピックや高校生の試合は一発勝負なので、ピーキングがとても重要になる。

 陸上競技のピーキングは、8月のオリンピックを目指すとすると前年の10月から始まる。10-11月は有酸素運動や全身運動で、本格的なトレーニングに入る為の体を作る。11月の終盤から2月までは、辛く単調な練習が繰り返される。例えば300mを4本連続で、2セット走る(合計8本)という練習がある。休みは4分程度だ。3本目ぐらいから視界がクラクラしてきて、最後の1本では8割方酸欠状態で嘔吐する。このような練習が週に2、3度ある。

 3月に入り練習のスピードが高まり本数は減り、身体を速さに慣らしていく。そして4月にシーズンインして、本番に向けて仕上げていく。陸上選手にとっては冬が本番で夏は答え合わせのようなもので、陸上選手の勝敗の8割は4月のシーズンインの時点で決定している。

 本当のピークは2、3週間しかなく、維持することはできない。夏が過ぎればまた身体は萎んでしまうので、一から作り上げていかなければならない。現在の状態は、アスリートの目線から言えば、1年かけて8割作り上げたドミノが全部倒れてしまい、また一から作っていかなければならない気分だろう。

 一番大変なのはモチベーションの維持だ。いつ試合が行われるのかわからず、かといって来るべき勝負のことを考えると気を緩めることができない。今年が最後だと思っていて、このまま引退をしなければならないアスリートもいるだろう。アスリートの思考には、目標からの逆算が染み込んでいる。常に目標を掲げ今何をするべきかを考えているから、身体的な苦しさよりも、目標がなくなることの方が苦しい。目標がなくなれば、今日何を行って良いかわからず、次第に自分の存在意義すら揺らいでくる。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

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