二カ月の日本滞在を終えてもどって来たヨーロッパだが、課題は何一つ解決していない。それどころか、先行きが見えない迷走ぶりは悪化の一方。
問題はすでに山積していたのだが、その1つが、と言うよりも民主政の根幹にも及びかねない危険を内包しているのが、「ブレグジット」の名で呼ばれる英国のEU脱退をめぐる問題である。
BBCで放映される英国議会の討議を眼にしながら、暗澹たる想いになった。首相も野党の党首も相当な年齢なのに、何をやればよいかがわかっていない。わかっていないから、この二人の言葉に説得力がない。そのうえ、この二人に代わる若い世代がまったく表面に出てこない。出てこないということは、彼らでさえもどうしてよいかわからないということでは同じなのか。英国もついにここまで落ちたのかと、本来的にはイギリスびいきの私でも暗い想いになっている。
フランスの新聞の見出しに「チャーチルはどこへ行った」というのがあったが、チャーチルの説得力が効果あったのは、多くのメリットは失ってはいても肝っ玉だけは保持していた英国民を相手にしていたからである。あの時代までのイギリス人は、他国の人々から嫌われ憎まれはしても、軽蔑だけはされていなかった。それが今……。
EUからの脱退は、ヨーロッパの他の国々から言い出されたのではない。英国民自身が決めたことである。国民投票にかけ、つまり民意に問うた結果である。ところが、民意で決めたことがその後二年を費やしどういう形で具体化するかが明らかになったとき、それに驚いた民意が動揺して収拾がつかなくなってしまったのである。
収拾がつかなくなってしまったのは、英国の指導層が民意を尊重しなかったからではない。尊重しすぎたからである。「民意」には、両刃の剣としてもよいめんどうな性質があるのを忘れてしまったのだろう。
歴史上での民意尊重となれば思い出されるのは、イエス・キリストを十字架上に送った事件である。
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source : 文藝春秋 2019年3月号