安倍晋三総理大臣が牽引してきた「地球儀を俯瞰する外交」をさらに進めていきたい——そう語るのは、外務大臣の茂木敏充氏だ。緊迫する東アジア情勢、日米同盟の行方、ロシアとの平和条約交渉……日本を取り巻く外交課題は山積している。茂木氏が考える、ポスト安倍時代の外交、そしてポストコロナの国家像とは。
地球儀を俯瞰する外交を
安倍晋三総理が8月28日の会見で、健康上の理由で退陣を表明されました。本当に残念です。
7年8カ月、安倍総理はアベノミクスによる日本経済の再生と雇用の創出、私が大臣として担当させてもらった人づくり革命、教育無償化の実現、そして日米同盟の強化や地球儀を俯瞰する外交など、様々な分野、政策課題で本当に大きな成果を残された。この間、国際社会での日本の存在感、プレゼンスが大きく高まったのは間違いありません。
今、日本も世界も新型コロナウイルス感染症という大きな危機に直面していますが、皆で力を合わせこの危機を乗り越え、安倍総理の進めて来た「日本を取り戻す、日本を前へ」という様々な政策を、更に進めて行きたいと思います。
私も外務大臣として、今、様々な制約、新型コロナの拡大防止のための移動制限などがある中でも、地球儀を俯瞰する外交を前に進めていきたい。それが今の強い思いです。
茂木氏
先日、コロナの世界的拡大以降、日本の閣僚として初めて海外出張しました。8月5日からイギリスを訪問したのですが、感染リスクを減らすためにチャーター機を利用し、同行したのも局長や秘書官、SPら10人以下。通常の半分以下の態勢です。トラス国際貿易相と日英間の新たな経済パートナーシップについて協議したわけですが、やっぱり電話会談だけで終わるのと、直接対面して交渉するのとでは大きな違いがあります。
コロナで海外訪問を取りやめていた間、各国の外相や、カウンターパートと電話会談を60回近くやってきたんですね。だけど、電話の場合、機微にわたる内容をじっくりやり取りするのは難しい。本当なら一対一で交渉したい場面でも、電話の向こう側に何人いるかも分かりません。
私は経済再生相として昨年、日米貿易交渉を担当しましたが、この時は何度もワシントンを訪ね、ライトハイザー通商代表と協議を重ねました。相手の意見を聞き、「ではこれでどうだ」と提案し、また向こうから案が出て……国益をかけたギリギリの交渉には相当な時間がかかる。最終的に日米の貿易協定をまとめた際には、計3日間、閣僚折衝だけでも11時間というロングラン交渉で、互いの考えをすり合わせていったんです。こうした交渉は、なかなか電話やテレビ会談ではできません。
この8月にはイギリスだけでなく、12日からシンガポールとマレーシア、20日からパプアニューギニア及びメコン3国(カンボジア、ラオス、ミャンマー)を回ってきました。国によって規制は異なりますが、入国や帰国のたびに相当な回数のPCR検査を受けています。結果は全て陰性ですし、体調は万全です。
韓国への対抗措置は……
ただ、どうしても「外遊」という感じはしないんですね。例えばパプアニューギニアでは、ポートモレスビーの空港から宿泊先のホテルまで車で5分ほどでしたが、そのホテルに向こうの首相が来て夕食会をやって、翌日の会談も同じホテル。空港とホテルの間しか移動していないんです。地元の美味しい店に行ったり、現地の皆さんと触れ合ったりするのはまだまだ難しいのが現実です。
もちろん、現地に直接出向かなければ、向こうの首相と膝を突き合わせて「日本はこういう取り組みや支援をしていきます」といった話をすることもできません。カンボジアでも、フン・セン首相と3時間の会談を行いましたが、これも直接出向いたから実現したことです。どこの国でもコロナ後、最初の海外要人訪問ということで「コロナで大変な時にもかかわらず、日本は外務大臣がわざわざ来てくれた」と歓迎されましたし、現地の新聞ではたいてい1面トップで大きく報じられました。
率直に言えば、空港とホテルだけの移動は窮屈でしたが、外交的にはそれを上回る大きな成果があった。私はそのように受け止めています。
昨年9月に外務大臣に就任し、ほぼ1年が経ちました。この間、厳しい状況にあったのが日韓関係です。
まず申し上げたいのは、旧朝鮮半島出身労働者問題に関する韓国大法院の判決は、明確な国際法違反だということ。新日鉄住金(現・日本製鉄)に賠償を命じた判決について8月4日、資産差し押さえ命令の「公示送達」の効力が発生しました。すぐに資産が現金化されるわけではありませんが、仮に現金化となれば、深刻な事態を招くことは間違いない。
我が国としては、韓国に対し、国際法違反の状態を一刻も早く是正するよう強く求めていくと同時に、関係企業とは緊密な連携を取っていく。もちろん、万が一の場合をはじめ、様々なシナリオを想定しています。「対抗措置としてこういう選択肢を考えています」と表に出したら、外交になりませんからこの場では申し上げませんが、あらゆる選択肢を視野に入れて毅然と対応していきたい。
もう一つ、日韓関係を難しいものにしているのが、輸出管理の問題です。我が国は昨年7月、半導体材料などの韓国への輸出管理を厳格化しましたが、この件についても、康京和外交部長官とは、輸出管理当局間で解決に向けて対話を重ねることが大事だと話をしてきました。ところが、当局間の対話が続いているにもかかわらず、韓国側の要請で7月下旬、WTOに紛争処理小委員会が設置されたことは極めて遺憾です。我が国としてはWTO協定の手続きに従って、淡々と対応していきます。
文在寅大統領
『愛の不時着』と『半沢直樹』
また、輸出管理とは別の問題ですが、11月上旬にかけてWTOでは事務局長選が行われます。冷静に見ても、今のWTOは上級委員会に欠員が出るなど機能不全に陥っています。次の事務局長に求められる資質は大きく3つ。まず、主要国間の利害を調整する能力があるか。多角的貿易体制の維持・強化に積極的に貢献できるか。組織の透明性をきちんと確保できる人物かどうか。これらの条件を満たすような事務局長を選んでいきたいと考えています。
事務局長選には各国から8人の候補者が立候補していますが、本来なら我が国も、こうした国際機関にもっと人材を送り込んでいくべきです。ある日急に「この人は事務局長にどうか、次長にどうか」ではなく、通商や知的財産などそれぞれの分野で、いかに有能な人材をプールしておけるか。そのプールも若手、中堅、すぐにでも事務局長になれる人……という具合に、ピラミッド型が理想です。これまでの日本は国際機関で活躍できる人材の育成やロビー活動が弱かった。国益を損なわないためにも、中長期戦略の中で、国際機関で要職を担うような人材を育成していくことが極めて大事だと考えます。
ここまで韓国の国際法違反などを指摘しましたが、それとは別に私自身のことで言えば、緊急事態宣言中には、ネットフリックスで最近話題の『愛の不時着』も『梨泰院クラス』も全話観たんですよ。
そもそも私はドラマ鑑賞が趣味なんですが(笑)、ストーリーやキャラクター設定が魅力的なのはもちろん、異文化を知るという意味でも海外の作品はいいなと思います。愛の不時着からは、南北の問題や、財閥の力が強い韓国企業の問題が見えてくる。梨泰院クラスも大手食品会社の会長に、小さな居酒屋を開店させた青年が立ち向かうという話で、家族経営が強い韓国ならではの物語です。
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source : 文藝春秋 2020年10月号