元始、新書は実用書だった

新書時評

武田 徹 評論家・専修大学教授
エンタメ 読書
評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

 平塚らいてうの言葉を真似れば、元始、新書は実用書だった。新しい知識が得られて役立つだけではない。一流の専門家が創造活動のノウハウを惜しげもなく伝授してくれる場も主に新書だったのだ。

 その代表格が梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)だ。1969年に刊行されて通算100刷。現在も著者の生誕100年、没後10年と記載された帯が巻かれて新刊書と一緒に書店に並ぶ。

 梅棹は仮名と漢字が入り混じる日本語は効率的な情報処理に不向きだとしてローマ字やカタカナで記録を取り始める。知的生産のために慣れ親しんだ言葉遣いすら捨てるエピソードには凄みを感じる。今やIT技術の発展は日本語の電子化を実現、梅棹の試行錯誤は過去のものとなったが、知的創造におけるインフラ整備の工夫が不要になったわけではない。

『発想の整理学』(ちくま新書)の著者・山浦晴男は梅棹の盟友でありKJ法の創案者として知られる文化人類学者・川喜田二郎に直接師事している。情報を個々に記録したカードを並べ直して問題の発見から解決法の導出まで進めるKJ法は川喜田『発想法』(中公新書)で67年に発表され、学界だけでなく、産業界でも一世を風靡した。

 そんなKJ法の価値はAIの時代にも色褪せない。山浦によれば情報を「さばく仕事」はAIに委ねられるが、「知恵を働かす仕事」は人が担わざるをえない。確かに情報はまず渾沌として現れ、そこでは何が問題かすらわからず、AIに仕事をさせることができない。知恵を働かせて渾沌を整理してようやく「さばく仕事」との事業仕分けができる。そこで「渾沌」とした状況から「秩序」を見出すKJ法が今でも役立つと山浦は書く。

 立花隆『思考の技術』(中公新書ラクレ)は71年の初刊。今回、佐藤優の解説をつけて新装刊された。エコロジーを自然科学的意味合いに限定せず、人間の経済、政治活動までを含めた複雑な関係性を総合的に扱う思考法として紹介する内容は今でも新鮮だ。「自然を恐れよ」という立花の言葉は、世界の複雑性を甘く見るなという警句であり、KJ法が渾沌を意識していたことにも通じる。

 さて、本稿執筆中に『思考の整理学』(筑摩書房)を83年に刊行、以後、多くの知的方法論を新書でも披露して来た外山滋比古の訃報に触れた。今回紹介した3冊もそうだが、普遍的に役に立つ知のノウハウ本の背景にはスケールの大きな知識人がいることを改めて思った。優れた方法論が新書に書き記され、新世代の知の巨人を育む好循環に期待したい。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : エンタメ 読書