ジョージ・クルーニー、堺正章、吉田鋼太郎……“愛されるオジサン”になるために必要なことは?
<この記事のポイント>
●男性用コスメ市場が急成長。男のメイクは何ら恥ずべきことでないという見方が一気に主流になってきた
●男は若さには作り出せない魅力を“逆転のエイジング”で成立させる
●今後男たちを悩ませるのは、肌の衰え。男が歳をとっても美しいかどうかは、最低限の気遣い次第
男性用コスメの潮目が変わった
『男子に何が美容料だ! とおっしゃるな』。1915年、女性用の乳液を男性向けに推奨した新聞広告のコピーである。当時、先進的な紳士は手に取ったというが、本当の意味で男性美容の幕開けを告げた資生堂「MG5」が『男性の時代』というコピーとともにデビューを果たすのは、実にその半世紀後、1967年のことである。しかもそれ以降、市場が拡大したわけではなく、有名ブランドの男性用コスメは出ては消え、出しては引っ込めを繰り返してきた。時代的にそろそろだろうという読みがことごとくハズれ、成功できずにきた分野である。
ところがここへ来て潮目が変わった。全体では過去10年で約20%成長した約1200億円の市場、年々2%ずつ伸びた計算だが、目立って成長を見せるのがフェイスケアのカテゴリーで、2019年は前年比5.3%増の257億円。さらに2021年までの2年で10%の伸びが予測される。フェイスケアとは化粧水やクリームの類で、育毛剤やシェービングとは異なり、正真正銘のコスメ! MG5以降、さほど成長しなかった商品が急に動きだしたのだ。しかもこの成長に、鬼門とされた「ファンデーション」が一部寄与しているのは何とも興味深い。
忘れもしない1984年、コーセーから史上初の男性用メイクアップ化粧品「ダモンブロンザー」が鳴り物入りで登場、日焼け肌を作るファンデーションに、眉墨、アイシャドウ、口紅までが一斉に発表される。国立科学博物館のHPには、「男性メイクブームの火付け役となり、社会現象になった」と記載されるが、現実には話題先行、短命に終わる。なぜなら塗ったことがほぼほぼバレる仕上がりで、学校でも会社でも「オマエ塗ってるだろ」と指摘する少々残酷なイジリの対象となったから。この微笑ましくもある黒歴史は、その先もずっと男の化粧はありえないだろうとの予測を生んだ。
でも今、その化粧が男たちにも受け入れられつつあるのだ。大ヒットとなった資生堂「ウーノ」のBBクリーム、これはそもそも保湿などのスキンケア効果と、毛穴や凹凸ざらつきなど、肌の欠点を速攻でカバーする効果を一まとめにしたベタつかぬクリームで、言わば半分メイクアップ。恐る恐る出してみたら異例の大ヒット。気を良くしたメーカーは、さらにカバー力のあるタイプのCCクリームを発売、コロナ禍でも順調に推移している。BBは、傷や欠点をカバーする Blemish Balmの略、CCは、Complete Correctionで、さらに完璧な補正を意味する。名前はクリームでも中身は薄づきのファンデーション……。それでも定着しつつあるのは、カバーテクノロジーの劇的な進化で、まぁおよそバレることなく、毛穴も凹凸もニキビもシミも、そっくりカバーできるからなのだ。
実は男も化粧が好き
でもなぜ男がそこまで欠点カバーにこだわるのか。気づいていただろうか? 今時の20代、30代の男の肌はツルツルだ。ニキビ面や脂ぎった肌も激減、髭はおろかスネ毛も生えない男子が本当に増えている。
男の草食化ともつながるホルモンバランスの変化の仕業ともされるが、そうした体毛の退化? とほのかな女性化で、平成は若手俳優陣に美肌のイケメンを大量に輩出、肌ツルツルの韓国K‒Pop男子の影響もあり、一般男性にまで美肌意識が広がっていったと見るべきなのだろう。
さらに言えば経済力をつけ男に依存しない女性が急増、「男は若くて美しいだけで充分」という価値観をもち、イケメンをイケメンというだけでちやほやする風潮が、せっせと美しさを磨く男を増やしたとも言える。さすがにアイシャドウや口紅の定着はありえなくても、美肌づくりは男の新常識となるはずだ。さらに「自分大好き」で自分を大切にする男子が、恋愛そっちのけで自分磨きを揺るがぬ習慣にしたのも大きい。世に言う“繊細系”“意識高い系”は、基本的にスキンケア好き、肌の欠点を許さない。
一方で、性的マイノリティーの人々に対する「LGBT」という呼称が浸透するにつれ、またジェンダーフリーの考えが一般的になるにつれ、男のメイクは何ら恥ずべきことでないという見方が一気に主流になってきた。世間の目が変われば、だったら自分もキレイになりたいという、隠れていた本能がうずいてくる。必然的にジェンダーフリーコスメが増え、メンズ美容はいよいよ本格的な市場を作ることとなったのだ。
でもそれは若者と年配の「キレイ」に対する意識の差が開く一方であることも意味する。まずはその現実を知ってほしい。ともかくそこまで時代は変わったのだということを。
歴史的に見れば、洋の東西を問わず男も喜んで化粧をしていた。平安時代の宮廷では眉毛を全て抜き、白塗りした肌に眉を小さく描き、紅はお歯黒をした下唇にほんの少し。鎌倉時代も化粧は続くが、戦国時代に入るとむしろ戦に臨むためにこそ武士が化粧をし始める。白粉を塗り、眉を引き……。でもそれが、首を取られた時に醜く見えないための化粧って、本当だろうか。恋愛ばっかりしている平安貴族から戦ばかりの戦国武士まで、結局みんな綺麗でありたかった。男色だからではなく、特権階級だから。ちなみに宮廷の化粧は明治時代まで続いたと言われる。
海外でも然り、17世紀以降ヨーロッパの宮廷では男も髪に白い粉をかけリボンを結んで、白塗りの頬をピンクに染めていた。もちろんフランス革命などにより終わりを告げるが、ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』でも、主人公がコレラに冒され死が近いことを知りつつも少年愛に衝き動かされて化粧をする。20世紀初頭まで細々でも上流階級の化粧は続いていたのだ。それでも完全に終焉を迎える要因は、やはり世界大戦の気配なのだろう。
きっかけはスポーツ選手の眉
かくして100年の空白を経て、男の化粧は復活へ向かうのだが、その過程で日本における一つの節目となるのが、1993年サッカーJリーグの開幕ではなかったか? アスリートとは思えないヘアにファッション、北澤豪に武田修宏に三浦知良といった洒落者たちの登場は男の職業と見た目の不文律を根底から崩すものであり、逆にこれがビジュアル系ロックバンド以上に一般男性の美容本能を目覚めさせることとなる。
5年後の長野オリンピックで歴史的勝利を収めたスキージャンプ船木和喜選手の細すぎ整えすぎの眉も当時大いに話題となった。フナキィ~と半ベソをかいた原田雅彦選手の眉が整えてもなおハの字の下がり眉だったのはご愛敬。男の眉作りも黎明期は失敗も多かったのだ。
船木和喜
2004年、高校野球連盟が高校球児の眉が細すぎると問題視、眉剃りを禁止した。正直もっと上手に剃ったら禁止令など出なかっただろうに。いずれにせよスポーツ界という意外な分野から始まり、だから浸透も早かった眉カット。今の40代以下は多くが習慣にしているはずだ。それなりに手慣れてきたから分からないだけで。
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source : 文藝春秋 2020年12月号