2021年に飛躍を遂げる芸人は誰か。「霜降り明星」や「ぺこぱ」ら「第7世代」と呼ばれる若手が席巻するお笑い界にあって、結成17年目の中堅コンビが注目を集めている。
荒唐無稽なネタに説得力を持たせる技術
「UFJ」に行ってきたと言いながら、ゾンビが登場するハロウィンイベントの話をするなど、どうやら「USJ」に行ってきたらしい話をし始める男。言わずもがな前者の「UFJ」は銀行のことで、後者の「USJ」はユニバーサル・スタジオ・ジャパンのことだ。聞いている方は勘違いにすぐ気づき、さりげなく指摘する。
ここまでなら、漫才の「言い間違い」のネタとして、ありそうな話だ。ところが、ここから想像を超えた展開が待っていた。男は勘違いを認めないばかりか、おまえが勘違いしたのだと、逆に指摘し返すのだ。勘違いのなすり付けである。
ここで会場は、一気に爆ぜた。
19年12月22日、漫才日本一を決める「M-1グランプリ」の決勝でのワンシーンである。男を演じるのはボケ担当の山内健司(39)、その男の間違いを最初に指摘したのはツッコミ担当の濱家隆一(37)だ。
かまいたちは、3年連続で決勝進出を果たしていた。17年は4位、18年は5位と、上位に食い込んだが会場をうねらすまでは至らなかった。だがこの年、2番手で登場したかまいたちは「UFJ」と呼ばれるネタを披露し、導入部でガッチリと客の心をつかむと、以降は、まるで巨大な耕運機のように、ひとかきするごとに大量の笑いを掘り起こした。その様子は神々しくすらあった。
度肝を抜かれたのはネタの展開だけではない。荒唐無稽なネタに説得力を持たせる2人の技術にも感嘆した。漫才は客に少しでも「引っかかり」を覚えさせたら失敗である。他のコンビがこのネタをやったら、こんな男はいるはずがないと思われて終わりだ。山内は自分が勘違いをなすり付けていることなど、まったく気づいていないかのように堂々と振る舞う。その異様な自信に感化され、観る側も濱家が勘違いしていたのかもしれないという錯覚に陥る。そうなれば2人の勝ちだ。後半、山内はどんどんアブナイ男になっていくのだが、客は引くどころか、前のめりになって笑い転げていた。
じつは前日、2人は大ピンチに見舞われていた。濱家が39度を超える高熱を出し、声がまったく出なくなってしまったのだ。さまざまな治療を施したが、本番まで声が出るかどうかわからなかったという。
同じく決勝に進出していたぺこぱの松陰寺太勇は、楽屋での濱家の様子をこう振り返る。
「濱家さん、怖かった。マスクをして、ひと言もしゃべらないんですよ。めちゃくちゃ雰囲気ある人だなと思って。僕の隣だったんですけど、机と机が接しているラインから僕の持ち物がはみ出さないよう気をつけていました。怒られそうなので。あとで聞いたら、濱家さん、風邪を引いてて声が出なかったらしいですね」
かまいたち(お笑いコンビ)
「笑いの神」からの勲章
結果的に、かまいたちの運命をかけた大勝負は吉と出た。審査員の一人で、若手芸人からは「笑いの神」と崇められる松本人志は「涙出るぐらい笑ってしまいましたね」と最大級の賛辞を贈った。
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source : 文藝春秋 2021年1月号