昨年秋に移り住んだ札幌では新型コロナの感染拡大が一足早く始まり、長いステイホーム期間を過ごすことになった。これから取材するテーマに関する本など読むべきものはたくさんあったが、いざ時間ができると手が伸びない。何を読んでいたかと言うと、もっぱら旅行記である。
河口慧海『チベット旅行記』は、漢訳の仏典に満足できず、1897年、原典を求めてチベットに旅立った僧侶・慧海による旅行記(というより探検記)だ。当時のチベットは鎖国中で、慧海は徒歩でヒマラヤを越え、密入国を果たす。首都ラサでは中国人やチベット人になりすまし、ひょんなことから医者として有名になってダライ・ラマ13世付きの医者にならないかと誘われ……と、波乱万丈の冒険譚が続く。そしてチベット一切経ほか、貴重な資料を持ち帰るのだ。まさに巻を措く能わずで、長大な紀行を数日で読み切った。
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source : 文藝春秋 2021年1月号